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フランス留学とその後について
合格通知が旅の途中で、ちゃんと書けていなかったので。


フランス留学の審査に無事に合格することができました。
この春から2年弱、フランスに行って勉強してきます。

1月17日にスカイプで面接を受けて、3週間後の2月7日に結果を受け取りました。
面接で「As soon as possible」で結果を通知すると言われたもので
その日のうちからいつでも喜べるよう準備していたので、待ち疲れたけど、
最終的に合格となって、本当に良かったです。

3月31日(予定)の飛行機で渡航。
最初はヴィシーというフランス中部の町で、ホームステイしながら語学学校に通います。
4月2日には授業が開始。つまり34日後の今頃は1日の授業を終えたころでしょうか。

実は今回の留学審査の合格は「条件付き」になっていて、その条件は
「8月末までに大学院レベルのフランス語を習得していること」。
大学の1,2年生の時(つまり10,9年前)に第二外国語で勉強したことはあるけど、
それ以降でフランス語に触れる機会は皆無。
それを4月からの5か月間で「大学院レベル」に持ち上げるというのだから大仕事。
やるしかないのでやります。(※ダメだったら強制帰国です実際)

無事に条件をクリアできたら9月からパリ郊外に移動。
Ecole des Ponts(国立土木学校)にてルノー財団が提供するTraDDというプログラムに参加します。
交通を軸に経済・環境分野も含む総合的学習で、修士課程に対応する学位がつきます。
期間は短くて16か月ぽっきり。2014年の12月中旬に修了予定です。

つまり。
・2013年4月~2013年8月末 ヴィシーにてフランス語の学習
・2013年9月~2014年12月中旬 パリ郊外にて交通の学習
です。


その後については未定ながら、おそらく年末年始に久々に帰国した後、
年明けに再度渡航して就職活動をすることになろうかと思っています。
日本以外の視点・スタイルでの、仕事や途上国との向合い方に触れたい。
フランス系にこだわらず、その時点での自分の思想に合わせて考える予定です。
今のところ欧州系コンサルで4,5年、それから国際金融機関で3,4年とかどうだろうかと
漠然と考えています。

そうすると、ここらへんで今からおよそ10年後、38歳あたりを迎えることになります。
ここからの身の振り方がちょっと難しいのだけど、漠然とした可能性の話としては
やはり会社を作るというのがひとつ。途上国で働く会社。
各分野で活躍する旧友を集めて何かできたら面白いねという話で、
さほど具体的に考えてはいないけど、それにしても、これからの10年間で
既存組織に頼らず独り立ちできる実力をつけるという意識の目安になるので
とりあえずこれを頭に描いておこうと思っています。
(友人の皆様もそのつもりでよろしくお願いします。2023年ごろです。
何か面白いことできるようになっておいてください。イリュージョンとか。)

先のことはわからないので、その時々で柔軟に計画も変えていくつもりだけど
何しろ自分に自信を持って楽しみながら生きていきたいし、
自分のやることで人が笑顔になってくれることを常に目指しながら、
こんなような計画でいろいろと頑張っていこうと思う次第です。


日本にいるのは残り32日間程度ですがまた遊んでください。
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by kan-net | 2013-02-28 02:29 | 道しるべ
東海道五十三次 まとめ
本日、横浜の自宅に帰宅。東海道五十三次の旅が無事に終わった。

特段の考えがあって始めた旅ではなかった。小さいころに父と福井から奈良までの徒歩旅行をしたのが楽しかったし、自分の歩いた道のりを日本地図で見られるのが嬉しかった。またやってみたい、その時はもう少し長い距離でと思っていた。社会人になり、留学をすることにして、突然まとまった自由時間が手に入った。何をしようかと思ったときに、ふと思い浮かんだのが東海道五十三次の旅だった。

二十日間の徒歩旅行。いろいろなことがあった。荷が重すぎて押し潰されそうになった初日。重荷を下ろして息を吹き返した二日目。箱根に挑んだ三日目。箱根に怯えた四日目。のんびりしだした五日目。静岡の温かさに触れた六日目。安全第一の大人な対応ができるようになった七日目。天候が崩れ出した八日目。どまん中に到達した九日目。津波に襲われかけた十日目。愛知の手荒な歓迎を受けた十一日目。愛知の手荒な祝福を受けた十二日目。愛知の優しさにちょっと触れた十三日目。東海道を逸れた十四日目。三重の押しの強さに圧倒された十五日目。悠々自適旅の醍醐味っぽいのを味わった十六日目。峠で吹雪につつまれ遭難が頭をよぎった十七日目。接触事故の十八日目。式典に備えて温泉で過ごした十九日目。そして思いも寄らない衝撃の結末を迎えた二十日目。思っていたよりも遥かに大変というか過酷だったけど、毎日が波乱万丈、とても楽しい旅だった。

自分の足のみで歩む旅路。なんだか歩き続けていると自分の「範囲」というのがすごく自覚されてきて、今の自分に本当にできること、到達できる範囲に対して正直になれた気がする。ハッタリをかましてもしょうがないというか。自動車や電車、コンピュータやら何やらといった飛び道具が溢れた今の世の中だと、本当に自分にできることが何なのかを自覚することが難しい。定まりにくい自分という存在の範囲をはっきり自覚できたことが、旅の間なんだか自分自身に対して居心地よく感じられた原因の一つだと思う。自転車で旅することも考えたけど、歩きにして良かった。

三条大橋に到達した時、踏破の達成感を味わうというよりも旅の終わりが寂しくて、できることならまだ歩き続けたいと心から思った。旅先で出会う人たちとの触れ合いが楽しかった。家族や友人知人が面白がって見守ってくれたのも嬉しかった。これから先こんな機会が持てるかわからないけど、チャンスがあればまた歩きたいと思う。

京都到着後は大阪の友人夫妻の家で二日間お邪魔させてもらって、今日、新幹線のぞみで東京へ戻った。自宅へは新横浜で下りたほうが近いのだけど、せっかくだからと東京まで。驚異的な速さだった。二十日間かけて歩いた道のり、二時間半ほど座っていたら着いてしまった。なんちゅうこと。そんなに急いでどこ行くの。窓の外の景色は目に全然留まらなくて、僕の歩いた東海道との交差部分で写真でも撮ろうと思っていたのだけど全く歯が立たず、僕は静かにカメラを置いたよ。

いずれにせよ自宅に帰りついたので、いよいよ旅は終わりである。長いようで短いような二十日間の、過酷であり楽しくもあった、東海道五十三次の徒歩旅行。これにて完結。

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旅データ

旅行タイトル:東海道五十三次
旅行起終点:東京・日本橋~京都・三条大橋
旅行期間:2013年1月28日~2013年2月16日(20日間)
歩行距離:約591km(GPS経路データより) (日平均29.6km)
歩行時間:約140時間50分 (日平均7時間2分)
歩数:875175歩 (日平均43759歩)


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東海道五十三次 頭出し

東海道五十三次 第一日 日本橋~(1)品川~(2)川崎~(3)神奈川
東海道五十三次 第二日 (3)神奈川~(4)保土ヶ谷~(5)戸塚~(6)藤沢~(7)平塚
東海道五十三次 第三日 (7)平塚~(8)大磯~(9)小田原~(10)箱根
東海道五十三次 第四日 (10)箱根~(11)三島~(12)沼津
東海道五十三次 第五日 (12)沼津~(13)原~(14)吉原
東海道五十三次 第六日 (14)吉原~(15)蒲原~(16)由比~(17)興津
東海道五十三次 第七日 (17)興津~(18)江尻~(19)府中~(20)丸子
東海道五十三次 第八日 (20)丸子~(21)岡部~(22)藤枝~(23)島田
東海道五十三次 第九日 (23)島田~(24)金谷~(25)日坂~(26)掛川~(27)袋井
東海道五十三次 第十日 (27)袋井~(28)見附~(29)浜松~(30)舞坂
東海道五十三次 第十一日 (30)舞坂~(31)新居~(32)白須賀~(33)二川~(34)吉田
東海道五十三次 第十二日 (34)吉田~(35)御油~(36)赤坂~(37)藤川~(38)岡崎
東海道五十三次 第十三日 (38)岡崎~(39)池鯉鮒~(40)鳴海~(41)宮
東海道五十三次 第十四日 (41)宮~(42)桑名
東海道五十三次 第十五日 (42)桑名~(43)四日市~(44)石薬師~(45)庄野
東海道五十三次 第十六日 (45)庄野~(46)亀山~(47)関
東海道五十三次 第十七日 (47)関~(48)坂下~(49)土山~(50)水口
東海道五十三次 第十八日 (50)水口~(51)石部~(52)草津
東海道五十三次 第十九日 (52)草津~(53)大津
東海道五十三次 第二十日(最終日) (53)大津~三条大橋


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長々と旅日記にお付き合いいただいた方々、ありがとうございました。なおほとんど指摘なかったですけれども、僕が自分で彫った「寛蔵くん」というのが全ての宿場の写真に入り込んでいます。僕の身代わりのようなものです。実は僕がずっと家に籠って壮大な創作話を展開しているだけなのではないかと疑いを持っていた人がもしいたら、写真に寛蔵くんを探してみてください。いますんで。
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by kan-net | 2013-02-19 00:05 |
東海道五十三次 第二十日(最終日)
東海道五十三次の旅、最終日。二十日間、500kmに及んだ旅は衝撃のラストを迎える。

起き抜けからひと温泉あびて朝8時50分、いよいよ最後の出発。これで最終日かぁと感慨に浸る暇もなく、降りしきる雪の中を進む。ますます強まる雪の中、一路、京都へ。頭の中にあったのは、「到着式には誰か来るのか」「誰か来るかもしれないから11時55分に到着しよう」ということ。

ただし容赦なく雪に降られていることもあり、どうしても歩みが早い。順調に進めすぎる。進めすぎた結果、三条通りの最終ストレート1.5kmに出た時点でまだ午前11時5分。50分間も余ってしまった。しかし大丈夫、ここは京都だ茶屋の一つや二つあるにちがいないと左右を確認しながら歩き続けていると、するすると三条大橋200m手前に到達してしまった。その時刻まだ午前11時30分。とりあえず引き返して再度確認するもやはり茶屋なし。仕方がないので野党顔負けの牛歩作戦を決行する。

そして時刻を重ねて確認したうえで、いよいよ午前11時50分、京の三条大橋たもとに到達。前の宿場からの距離は約11.7km、所要約3時間、歩数19536歩。ついに終着である!

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長いようで短いような旅路だった。毎日が楽しかった。いよいよ終わってしまったと思うと寂しいよ。

しかし僕には最後の儀式が待っている。到着式である。橋の向こう側を見ると、そこには…既に到着式が開催されている!?慌てて橋を渡るとそこには「東海道五十三次 500km制覇!」の横断幕を掲げる男性と、その取り巻き5,6名の方々。な、なにごと!!デジャヴ!?完全に弥次喜多さん像のダブルブッキングである。

暫く衝撃に打ちひしがれているとその集団の方々は退散していき、そこに残ったのは僕と3人の賓客たち。男1、京都時代のサークル飲み会があるというので偶然京都に来ていたら今朝になって僕の到着式の存在を知ったというY君。女1、motoさんの在学時代の部活後輩でmotoさんから連絡を受けて来てくださったというMさん。女2、実母。

ありがとう!これにて東海道五十三次の旅、完結である!

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感想。いよいよ旅が終わってしまった。怪我なく無事に、楽しく旅を終えられてとてもよかったと思う。到着式は直前にカットインを受けた衝撃はあったが、たくさんの賓客が来てくれ盛大に開催できたことに心から感謝している。

到着式の後、祝宴を行い、茶屋で一服した後に大阪の友人宅へ電車で行った。20日ぶりに乗る電車はとても速く、流れていく景色に目がついていかなかった。あっという間に大阪へ到着。なんと早いことか。衝撃だった。歩くのはのんびりで良かったなと思った。


今日はここまで。大阪の友人宅で今から祝杯の続きなので。また後日、旅のまとめを書きたいと思う。


本日の通過宿場:五十三、大津宿(出発)~京、三条大橋(終着)
本日の歩行距離:約14km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約3時間
本日の歩数:19536歩
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by kan-net | 2013-02-17 00:12 |
東海道五十三次 第十九日
東海道五十三次の旅、第十九日。いよいよ最後の宿場へ。

旅も大詰めである。粉雪の舞う中で出発したあの日はまだ一月だった。あれから十九日。ずっと眺めていた富士山もいつの間にか背後に姿を隠し、天からは春を呼ぶ雨が数日おきに降り注ぐようになった。人たちの言葉もいつのまにか「ありがとう」から「おおきに」に変わり、宿場の番号も五十を超えた。

やっと、ついに、ここまで来たという満足感。それと同時に僕の胸の中ではむしろ寂しさの方が大きくなっていた。もうすぐ旅が終わってしまう。身体は今もとても痛く、決してラクな旅路ではなかったけれど、なんだかずっと楽しかった。それは自分で進むと決めた道を自分の足で踏み込んでいく楽しさであり、目標へ毎日確実に近付いていく喜びだったのだと思う。こうして日記をつけるにあたってその日一日を振り返り、つらかったことはあっても後悔することはなく、どうやってこの過酷さを面白おかしく紡ごうかなどと睡魔と争いながら考えるのも楽しかった。おかげで結構な寝不足が続いたけれども。

でも僕はこのままずっと旅を続けるわけにはいかない。来週末の友人の結婚披露宴に向けてももクロの練習や打合せをしなくてはならないからだ。だから京都に辿りついたら、今回の旅は終わり。寂しいけれども、始まりあるものには終わりもあるのだ。

みぞれ交じりの雨中を歩きだしたのは午前10時。ゴアテックスのレインウェアに身を包んだ僕の弱点は、毛糸の手袋しか用意していなかった手先、そして靴底4cmまで浸しても大丈夫だが上からの降雨に弱い靴を履いた足先だ。雨が着実に僕を末端冷え症状態へ陥れていくのに対し、グーパー運動で抵抗しながら道を進める。雨脚が弱まってきたころにようやく次の宿場へと突入。木曽義仲と松尾芭蕉の墓がある義仲寺に寄り道しつつ、午後1時50分、第五十三の宿場、大津宿に到達!前の宿場からの距離は約14.3km、所要約3時間50分、歩数23219歩。ついに最後の宿場だーーーっ!!

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と。ここで押さえておきたい事実が一つ。「東海道五十三次」。それは江戸の日本橋から京の三条大橋を結ぶ東海道沿いに幕命により設置された五十三の宿場のことである。すなわち一か所目が出発点でも五十三か所目が終着点でもなくて、五十三次というのは飽くまでも中継地点の数なのだ。ちなみに「次」は「継」からきているらしい。五十三次が五十三泊五十四日の旅路を意味していないことと併せて覚えておきたい。

ということで最後の宿場に到達したものの、最終目的地まではあと一区間残している。京の三条大橋では到着式を催さなくてはならない関係上、今日はこの大津宿にて停留することにした。近くの小山から琵琶湖を望んでみたりぶらぶらした後に、午後3時20分、琵琶湖ホテルに投宿。全室レイクビューが望めて、天然温泉の大浴場を備えた高級ホテルである。到着時、レインウェアにバックパックという僕を部屋までエスコートされたのには参ってしまったが、最後の宿場だ、豪華にしたら良いじゃないか!

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感想。ついに最後の宿場に辿りついてしまった。旅の終わりはもうすぐそこ。本当に楽しい旅だったし、やはり終わるのは寂しい。

でもでも、明日は予期せぬほど多くの友人知人が僕の到着を祝ってくれることになっていると思っているから、僕はそれが楽しみだ!数少ない関西在住の友人知人がことごとく「明日は無理」と連絡をくれる中、どんなに盛大な到着式になるのか、不安と懸念で胸がいっぱいである。

何はともあれ明日の午前中、引き続き安全に気を付けて歩き切り、楽しく旅を締めくくりたいと思う。


本日の通過宿場:五十二、草津宿(出発)~五十三、大津宿(到着)
本日の歩行距離:約19km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約5時間
本日の歩数:28661歩


~お知らせ~

明日の到着式は三条大橋西詰の弥次喜多像前にて正午より執り行います。12:00開式の辞、12:01来賓紹介、12:02到着宣言、12:03在京生の迎える言葉、12:04万歳、12:05記念撮影、12:06閉式の辞。その後簡単な祝宴を予定しております。全員自由参加方式を採用しております。

なお開催場所である弥次喜多像は+35° 0'32.02"N, 135°46'16.75"E、目印はローソン、最寄駅は三条駅および三条京阪駅です。京都駅からは市営烏丸線に乗り烏丸御池駅にて東西線へ乗継ぐと三条京阪駅に出られます。

大阪方面からお越しの方は11時大阪駅発の東海道本線新快速・長浜行をご利用になると良いようです。東京方面からお越しの方は新幹線のぞみ215号(東京駅9時発)、富山方面からは特急サンダーバード14号(富山駅8時18分発)です。お乗り遅れのないよう、どうぞお気を付けください。


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by kan-net | 2013-02-15 23:15 |
東海道五十三次 第十八日
東海道の旅、第十八日。旅も佳境に入り、恐れていたことが起きたりするが、終わり良ければすべて良し!

旅館の朝。出発の準備をしていると、旅館の主人が「あの、これ。」と握り飯とチョコレートを差し出してくれた。東海道を歩く人にはいつも握り飯を作ってあげているそうな。チョコレートは「バレンタインデーだから(照)」とのこと。おいさっきまでそこにいた女将はどこへ行ったんだ出てこい、とやや納得できないところもあるが、ありがたく頂戴して、朝9時20分に宿を発つ。

昨日とは打って変わって朝から晴天。身体の随所を労わりながら、のんびり歩みを進める。心なしか荷が重く感じるのは疲れからか、それとも握り飯か、はたまたチョコのせいか。あまり考えないことにして前進を続け、午前12時5分、第五十一の宿場、石部宿に到達。前の宿場からの距離は約13.7km、所要約2時間45分、歩数18526歩。

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近くの休憩所で握り飯を食らう。でかい。そして美味い。ありがとうご主人!ご主人…。

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胸が満たされたところで旅路を再開。ここで事件は起きた。というか事故が。

歩いていたのは細い一般道。車が行き違うのも難しいような細い道路ながら、近くの幹線道路のバイパスになっているらしく交通量がけっこうあった。歩車の分離は白線のみで、僕は白線外側で下水溝の蓋上などを歩いていたその時。後ろからきた車両のサイドミラーに右腕を撥ねられた。

思いがけないことに瞬間あっけにとられる。車は何事もなかったように走り去り、ん、何事?と思っていると対向車が止まって「お兄さん当たられたでしょう!?大丈夫!?」と心配してくれた。幸い当たりどころが良かったようで特に痛くもなく無傷だったので、大丈夫みたいです~と答えたら、「デミオの○○○番だったよ!」と教えてくれた。お礼を言って再び歩き始めたのだけど、こういう怪我のない接触事故の場合って警察とかに言うとどうなるんだろう?此処で現場検証がナントカとかになると旅路に支障も出るし、あのデミオがすぐ止まって怪我の確認とかしてくれたらそれで済むことだったのになぁとか思う。

それにしても狭い道路なのによく車が通る。しかもけっこうスピードを出して。一度当たられてちょっと車が怖くなった僕は狭い排水溝蓋のさらに外縁を歩いていたが、電柱がその歩行者スペースを遮ったりしていて安全に真っ直ぐ進むことができない。周辺地域住民たちの日常的な危険が気の毒だ。小さな子を持つ親はこんな地域には住めないだろう。交通計画、交通政策に大いに問題があるなぁと感じた。こんな道路はイカンよ。

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接触事故を境にどうにも気持ちが落ち込んでしまった。このまま今日は終えられないぜ!ということで次の宿場町に入ってすぐにあった御菓子屋で甘いもんを食べることにした。うばがもち。うまっ!

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けっこう単純に気分は回復して、そのまま午後3時50分、第五十二の宿場、草津宿に到達した。前の宿場からの距離は約11.7km、所要約3時間5分、歩数20273歩。本陣は内部を公開していたので見学もしてみた。良かった。

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ところでここ草津は思い出深い地である。あれは凡そ6年半前になろうか、サークルの活動でこの地に降り立った僕とFumiは所用を終えて路線バスに乗りながら、「草津に来て温泉に入らず帰れるものか!で温泉どこ?」と言葉を交わしていたのだった。Fumiが携帯で検索して草津違いだと結論付けるまでそれなりに時間はかかった。消してしまいたい記憶である。

あれから少しは大人になった僕はしかし、懲りずに草津温泉を探すことにした。というのも、例えそれが草津違いだとしても、地球上どこでも頑張って掘りさえすれば温泉は出るものだからである。なので調べてみた。あった!この滋賀県草津市にも草津温泉はやっぱり実在した!しかも本陣のほど近くだったので、その足で向かってみた。本当にあった!

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なんか「Onsen」って書いてあるけど…。恐る恐る近づいて見ると下駄箱なんかもあって、確かに公共浴場のようだ。しかし残念ながら木曜日は定休日、Onsenの実態を調べることはできなかった。その場に長居するとなんだかマズイような気がしたので、足早に立ち去り、午後5時、ホテル大昌草津に投宿した。


感想。事故には遭わないようにと思っていたけど、ちょっと遭ってしまってショックだった。でも全く怪我もしていないので不幸中の幸いだったと思う。残りの道のり、ますます気を付けて歩くことにする。ただ、もし落ち込むようなことがあっても、甘いものを食べたら気分が良くなることがわかった。

ところで2013年の成績は一個(2013年2月15日午前2時現在)であった。それも、たぶん義理である。住所不定状態が響いたか。それを補うためにわざわざ行程を発信し続けたのに、残念な限りである。明日は甘いものを食べよう。


本日の通過宿場:五十、水口宿(出発)~五十一、石部宿~五十一、草津宿(到着)
本日の歩行距離:約28km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約6時間45分
本日の歩数:42047歩


余談。夜は中学時代の大親友であり現在彦根市に在住のYusukeと数年ぶりの再会を果たした。変わらず元気そうで良かった。なかなか滋賀に来ることはないから、本当に今回この旅をして良かった。
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by kan-net | 2013-02-15 02:22 |
東海道五十三次 第十七日
東海道の旅、第十七日。魅了溢れる三重県に別れを告げて滋賀県へ。若干、予期せぬ形で。

日程に余裕のある現状。ガイドブック上ならば二日半で行く距離に対して僕は三日半を残していたので、今日ものんびり二つ分だけ歩くことにした。そして宿について、当初は夕方まで歩いてから探していた僕だが、最近では旅館の料理を食べたいがゆえに午前には予約の電話を入れるようにしているので、今朝もさっそく目当ての旅館に電話したところ「改装していて休業中」との衝撃回答。周辺に探すも、ない。急遽、今日は三つ先まで進むことに予定変更した。そして若干慌てながら朝9時35分に出発。

心配していた雨は昨晩のうちに止み、たまに雪が降りかかるものの天気予報は「曇りのち晴れ」と言う。レインウェアを着ずに出発していた僕が、何か様子がおかしいと気付いたのは出発して約30分が経過したころだった。前から横からそして下から、激しく吹きつける雪。僕はいつの間にか吹雪の中を歩いていた。それからさらに約30分歩いたところで見つけた観光施設に転がり込んで聞くに、鈴鹿峠の方では朝から吹雪なのだそうだった。山を甘く見ていた。

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レインウェアを着込んで暫し休ませてもらったが、吹雪が弱まる気配は一向にない。意を決して外に飛び出し、午前11時、第四十八の宿場、坂下宿に到着。前の宿場からの距離は約6.5km、所要約1時間10分、歩数8276歩。

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ここから先が、東海道の三大難所の最後の砦、鈴鹿峠の本番である。…のだが、ひらけた舗装道路で猛威を振るっていた吹雪が、この峠道に入ってピタっと止んだのだった。というか外側では依然として猛々しく吹雪いているのだが、この峠道ではほとんど風すらも感じないのだった。最後の難所は確かにきつかったけれども、なんだか逆に僕を守ってくれているような気がして、自然崇拝という思想のあり方に改めて納得した。

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峠の頂点に達したところに三重県と滋賀県の県境標識。そう、ここで三重県とお別れなのだった。数々の魅力を見せつけてくれた三重県、最後には山の厳しさと温かさを教えてくれたんだね。ありがとう三重県、でも最後の吹雪はちょっとやり過ぎだったよ。とは言えありがとう三重県。

そして僕は滋賀県にお邪魔した。峠道は県境で終わり、再び吹雪の中で手荒な歓迎を受ける。体力と体温を奪われる過酷な旅路が続き、この時、僕は人がいかに遭難するのかを知った気がした。休みたいけど立ち止まるとさらに体温を奪われてしまう、でも休みたい。ここで足が出なくなったらアウトなのだろう。僕は、もし動けなくなったところを誰かに見つかって救助車に乗せられてしまうなんてことになったら絶対にイヤだ!まだ車には乗りたくない!という強い気持ちを糧に前進を続けた。

そして午後1時25分、第四十九の宿場、土山宿に到着。前の宿場からの距離は約9.7km、所要約2時間25分、歩数14733歩。このころには次第に吹雪も弱まっていた。

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冷え切っていた僕は近くにあった蕎麦屋に駆け込んで温まった。そこが歴史的な建物を改造した有名な食事処うかい屋で、僕が食べたのが名物の鴨南蛮そばであることは、食べ終わって店を出る直前に知ったのだった。早く言ってよねー!

店を出たころには晴れ間ものぞき始めていた。体調も回復して順調に歩みを進め、午後4時35分、第五十の宿場、水口宿に到着。前の宿場からの距離は約10.5km、所要約2時間35分、歩数17419歩。いよいよ五十番台に到達である。

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そして町を少しだけ散策してから、午後5時10分、あや乃旅館に投宿。期せずして長く厳しくなった今日の旅路を終えた。


感想。山の天気は変わりやすかった。まさかあそこまで激しく吹雪かれるとは想像していなかったので不意を突かれたが、最終的には山に守られるかたちで難所を通してもらうなど、完全に手玉に取られた一日だった。これも三重県の最後のひとネタだったのかしらん。

滋賀県の人たちは今のところ三重県ほどの押しはないが、とてもよく挨拶をしてくれて気持ちが良い。しがない旅人である僕に何人もの子供や大人が声をかけてくれる。うちの子もちゃんと誰にでもあいさつできるように育てていきたいと思った。おらんけど。


本日の通過宿場:四十七、関宿(出発)~四十八、坂下宿~四十九、土山宿~五十、水口宿(到着)
本日の歩行距離:約29km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約6時間45分
本日の歩数:43592歩
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by kan-net | 2013-02-14 03:04 |
東海道五十三次 第十六日
東海道の旅、第十六日。そうそう、こういう旅をしたかったんだ!

朝からぐいぐい押し込んでくるご夫婦をなんとか制して出発したのは朝9時20分。今日の行程には余裕があるので、まず進路と逆方向に位置する昨晩キャンセルしたホテルに立ち寄ってキャンセル料金を支払う。このホテルも小奇麗だし悪くなさそうなのだけど、あの爆笑旅館が相手では運が悪かったな。もし再び庄野に来ることがあれば、僕はまたあの旅館に泊まるだろう。

旅路を進めると東海道を歩いている淑女二人の旅人に追いつくき、しばらくお話をしながらのんびり並歩。天気がもつと良いですねぇ~なんて言っていたらふと「私たち遅いからどうぞお先にお行きくださいね」と言われ慌てて加速。彼女たちも決して遅くなかったので、見えなくなるまで引き離すのにかなりの労力を費やした。すると次第に見えてきたのが屋号札を掲げる家々。亀山市では住民たちが歴史的な町並み保存のための取り組みとして屋号札を手作りして該当する家に掲げているそうな。

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そして午前12時10分に到着したのが第四十六の宿場、亀山宿。前の宿場からの距離は約7.8km、所要約2時間50分、歩数18623歩。ホテルに立ち寄ったりしたので時間と歩数がかかってしまったけど、快適な旅だった。

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この亀山宿とお隣の関宿では2月10日から「東海道のおひなさま」というイベントを合同開催しており、そこかしこの個人宅、商店が所有のお雛様を展示し公開している。屋号札と言い、なんとも趣深い。感心していると旧舘家住宅に行きついた。ここは旅館の女将が勧めてくれていた場所だと思いだし、行程に余裕もあるので入ってみた。中には大小各種さまざまなお雛様が。豪華絢爛。

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ほぉ~とか言っていると管理されている方たちに絡まれる。いすゞ旅館で勧められたので来てみたんです~と言ったら、「あそこの女将、話し出したら全然止まらなかったでしょう!?アタシタチの同級生なのよ!」と大爆笑。つまり僕は昨夜から今朝にかけて、この一帯でも有数のお喋りにつかまっていたらしい。なんだか妙に納得していると、「兄ちゃん昼はもう食べたの?まだならカップ焼きそばあるから食べていったらいいさ!」とご馳走になってしまった。なんて良いところなんだ、三重県。蛤が食べられなかったり食事が冷え切ったりカップ焼きそばを出されたりと、三重県入りしてからなんだかグルメからは縁遠い節はあるが、それを上回る魅力に圧倒される出来事の連続である。

舘家のおじさんから「東海道のおひなさま手形(スタンプ)ラリー」に参加するよう厳命を受けて旅を進める。途中、立派な一里塚を見上げていると通りかかったおじさんが物語を聞かせてくれたり。そして午後2時30分、第四十七の宿場、関宿に到着。前の宿場からの距離は約5.8 km、所要約1時間30分、歩数9680歩。

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この関宿の町並みの素晴らしいこと。歴史情緒の溢れる家々が見事に保存されてずらーっと立ち並んでいる。一里塚のおじさんが「東海道イチの見どころ」と言われたのも頷ける。しかも運のいいことに今は「おひなさま」イベントの最中で、立ち並ぶ家々から覗く煌びやかな装飾がまた何とも美しいこと。圧巻である。

しばらく恍惚とした後、足湯交流施設のお雛様展示場にて最後の手形を手に入れ、手形ラリーの任務を完遂。そしていざ足湯!と両足の裾をたくし上げかけたところ、なんと昨日が祝日だった余波で本日の足湯はお休み。「旅路でやりたかったことランキングトップ5」に確実に入ってくる足湯を敢え無く逃す。無念。

だが気を取り直して同じくランキングトップ3に入る「茶屋で休憩」を行動に移す。ぜんざい!

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そして続けざまに団子餅「志ら玉」!

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くーっ!これぞ、やりたかったことやーーー!!

寒い中、風雨の中、暗闇の中を歩いたり、コンビニでおにぎりを買って昼食を済ませたり、峠で足を滑らせて転倒したり。そんなんじゃないんだよ僕が求めていたものは!茶屋での一服、早い投宿、立ち上る温泉の香り!これこそ僕の求めていたものなのだよワトソン君!

茶屋を存分に賞味し、さらに町並みを堪能したうえで、午後4時10分、関ロッジに投宿。あいにく温泉ではなかったものの大浴場を独り占めするなど、今日はやりたかった旅行像をほぼ実現できたのだった。


感想。人々の持ちネタの多さ、押しの強さだけでなく、町並みやお雛様の趣向まで見せつけられて、三重県のパフォーマンスにはもううっとりである。知らなかったよ、こんなに良いもの持ってたんだね三重!静岡県を抜けるときにも切なさを抱いたものだけど、三重県とも明日でお別れである。まだまだ過ごしたかった。そう思う三重県であった。


本日の通過宿場:四十五、庄野宿(出発)~四十六、亀山宿~四十七、関宿(到着)
本日の歩行距離:約22km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約6時間
本日の歩数:32828歩


なお「東海道のおひなさま」は3月10日までやっているそうだ。

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by kan-net | 2013-02-12 23:49 |
東海道五十三次 第十五日
東海道の旅、第十五日。旅も第三週に突入、そろそろ疲れが色濃く出てきた。

今回の旅はお尻が決まっている。2月16日土曜日のお昼ごろに京都の三条大橋に着くこと。そしたら昼には予想以上に大勢の人たちが到着式と祝賀会に出てくれて、夜には親友夫婦が一見さんお断りのハイソな肉料理屋へ連れて行ってくれることになっている。それに対して僕は今朝の時点で桑名におり、ここから三条大橋まではガイドブック上では四日間で行けることになっている。つまり一日半の余裕がある。この先はうまく時間を使いながら、これまでとは打って変わってのんびりした旅路を進めていこう。

旅程の計画において重要な要素となるのは宿である。第八日に金谷行を断念して島田に留まったように、ちょうど良いところに宿がなければ道を進めることはできない。今日の目的地としては距離からして第四十四の宿場、石薬師宿が良さそうだと目星をつけ、ネットで検索したところ川の向こう側に天然温泉付きのホテルが見つかった。そのまま予約し、安心して旅路を再開したのが朝9時55分。天気雨のぱらつく中、悠然とした出陣であった。

いよいよ疲れがずっしりと溜まってきている。前進はしているのだがスピードが上がらない。まあもうスピードを上げる必要はないので無理せず遅々とした前進を続け、午前12時55分、第四十三の宿場、四日市宿に到着。前の宿場からの距離は約12.5km、所要約3時間、歩数20812歩。宿場の遺構を探すも見つからず。

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天気雨は時おり天気雪に変わったりしながらパラパラと続いていた。思えば初日の朝も天気雪が舞っていたが、すでに二週間の時が流れて随分遠い昔のことのような気がする。のんびりゆるゆると旅路を続けて、午後4時25分、第四十四の宿場、石薬師宿に到着。前の宿場からの距離は約10.7km、所要約3時間、歩数19608歩。小さいながら文化遺産を大切にした小粋な町だ。

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さてここで今日はオシマイ、とホテルに向かう。途中までは東海道沿いを進むので、おやこれは次の宿場も近いのでは?と思ってアンドロイド先生で調べたところ、ホテルよりも宿場の方が近いと判明した。

悩んだ。今日は石薬師宿くらいにしておかないと旅程を進めすぎるし、予約したホテルは天然温泉つきだ。このままホテルに向かおうと東海道を離れる。しかし次の宿場がすぐそこだというのに東海道を離れていいのか、というか川の向こうのホテルでは宿場町のホテルとは言えないのではないか。もともと自己満足の旅だ、決められたルールなど何もないけど、わだかまりは残したくない。ガイドブックを見ると次の宿場の旅館が紹介されていて、電話してみると空室があった。ええいままよ。そのまま予約をお願いして、踵を返して東海道へ復帰。

既に陽はほぼ姿を隠し、気温も下がりつつあった。三連休を終えて名古屋方面へ戻ろうと渋滞している車列のライトに照らされながら国道一号線を西進。そして暗闇の中、ようやく午後5時55分、第四十五の宿場、庄野宿に到着。前の宿場からの距離(無駄足のなかった場合)は約2.7km、所要約1時間30分、歩数9335歩。

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さあいよいよ宿へ急ごう、とアンドロイド先生で位置確認をして判明したこと。それは今朝予約したホテルと先ほど予約した旅館は数百メートルしか離れていないご近所という衝撃の事実。この距離のためにキャンセル料を払うとは、なんという間抜け。しかも結局こっちも川渡っとるし、とがっかり。しかしまあ確かに庄野宿の宿としてガイドブックで紹介された旅館なので、それはそれで良いのだ、と自分に言い聞かせる。

旅館いすゞに辿りついたのが午後6時25分。すっかり遅くなってしまい、疲れた僕を待っていたのは…またもや場外戦を得意とする三重県民だった。

「すぐに晩御飯でいい?」と言うのでハイと答えたところ、ものの10分で持ち込まれた晩御飯。せっかくご用意いただいたので温かいうちにと思っていると、旅の目的や仕事について尋ねる女将。さらにヒートアップした女将はご自慢のご子息について、優秀な学業成績を収めたことや授業参観で間違ったクラスに行ってしまったエピソードなどを惜しげもなく披露。しばらくして女将が退散したと思ったら、今度はご主人が入ってきてご自慢のご子息について、巨大外資企業の内定を蹴ったことや彼に対して掲げてきた教育哲学を惜しげもなく披露。そのうち一緒にテレビを見始める始末。結局落ち着いて食事できたのはみんな料理が冷え切ってしまってからだったけど、心が温まっていたから美味しかったよ。とキレイにまとめてみる。


感想。疲れが溜まったことで歩きに力が入らなくなったのと、どうも頭の働きも鈍ってしまったようだ。宿の一件はちょっと衝撃だった。しかし信念を貫いたので、後悔はない!

それにしても三重県民はどうしてこんなに面白いのか。ぐいぐい来る。同世代の三重県民の友人たちはどちらかというと控えめで落ち着いた印象だが、親世代の彼らはぐいぐいと入ってきて必ずひとネタふたネタ披露していく。関西的ということか?この三重県民の特性については今後も引き続き観察していきたい。


本日の通過宿場:四十二、桑名宿(出発)~四十三、四日市宿~四十四、石薬師宿~四十五、庄野宿(到着)
本日の歩行距離:約36km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約8時間
本日の歩数:52433歩
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by kan-net | 2013-02-12 01:12 |
東海道五十三次 第十四日
東海道の旅、第十四日。ちょうど二週間目最終日となる今日は場外で思わぬ展開が。

昨夕辿りついた第四十一の宿場、宮宿。ここから次の宿場まではかつて七里の海路で結ばれていたが、今回の旅でその道程を辿ることはできない。ガイドブックによると陸路は「国道一号線をひたすら歩くので危険も多く勧められない」とあり、この区間にどう対処するかというのは実は旅を始める前からの悩みだった。昔の旅人も船に乗ったのだからと電車に乗ってしまうのはどうも気が進まないし、とはいえ危険が多い道を歩くのも避けたい。そこでネットで調べて判明したのが、代替路「佐屋街道」。海路の欠航および船酔い対策として整備された陸路が存在したのだ。さすが家光!その距離は…37.5kmだと…?

最近は右足付け根の痛みこそ和らいできたものの、両足の踵は接地しただけでも痛むし、左膝もジワジワきているし、両肩と背中はもうバリッバリである。そんな僕に、37.5kmもの最長不倒を歩けとおっしゃる。しかも東海道でもないのに、たった一つの宿場を進むために、だ。はっきり言って大変気が進まない!しかし昔も人によってはこの道を行ったと言うし、僕もどちらかというと酔いやすいタイプなので、ここは船酔いした気分で佐屋街道を行くことにした。朝8時15分に出発。

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行くと決めたら行く。素早く行く。素早く行きながら考えた。古の旅人達が十三日間で江戸から京まで歩いたというのがやはりどうも理解しがたい。そんな行程が本当に可能なのか?古の人々の歩き方は同側の手足を同時に出すナンバ歩きだったという話を思い出して、実践してみたがしっくりこなかった。

佐屋街道にも宿場町はある。しかし東海道の本線ほどは史跡としての保存や整備、展示がされていないようだった。ただ逆にいつもなら宿場町ごとに史跡を探したり写真を撮ったりするために時間を費やしていたが、今回はサクサクと道を進めるので旅路は順調だった。これと言って面白い出来事もないまま三重県に突入。川下には中部地方の雄、ナガシマスパーランドが見える。

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午後5時ちょうど、七里の渡しに到着。かつては宮の渡しからここまで船で来ていたのだな。僕も渡してほしかった。

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しばらく感慨にふけった後、午後5時15分、第四十二の宿場、桑名宿の跡を確認。前の宿場からの距離は約37.5km、所要約8時間15分、歩数55931歩。一つの宿場間とは思えない労力。

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そして午後5時50分、四日市屋旅館に投宿。普通はここで終わる。しかし三重県はここからが違った。

三重県出身の友人からの「その手は桑名の焼き蛤を食べるように」というメッセージを受け、旅館のご主人にお勧めの店を聞いてみた。「おすすめの店はありませんか。蛤とか食べたいです」という言い方が悪かったのだろう。ご主人、心当たりの店にすぐさま電話して空きを確認し、わざわざ連れて行ってくださった。入る直前に一言。「このお店、蛤はないんですけど、とても美味しいですから、ごゆっくり!」。やられた。

そこは完全に居酒屋。カウンターに7,8人座れる程度の地元密着型居酒屋。この旅の途中ではもとより、普段からこういった居酒屋に不慣れな僕としてはどうも身の落ち着かせどころがわからないが、ご主人が紹介してくださったお店を足早に立ち去るのも忍びない。そわそわしながら三重の日本酒三種おためし飲みなどしていたら、隣に来たおばさんに声をかけられる。「あなた、居酒屋来てなにケータイ触ってんのよ」。

そこからは逆隣りのじいさんや店の女将さんを巻き込んで居酒屋談義。居酒屋の魅力の話に始まり、やっぱり酒は止めらんねえ話、じいさんが富山に行こうとして福井に行ってしまった話(意味不明)。極めつけにおばさんが身の上話を切々と語り出してその目から涙が一筋流れたころ、逆サイドのじいさんは寝ていて、僕はここに居酒屋の粋を見た気がした。旅館に帰るとご主人が一言、「どうです楽しかったでしょう」。やられたよご主人。

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感想。東海道を逸れた佐屋街道の旅路は長かったが平坦で歩きやすく、思っていたよりすんなり歩き切ることができた。途中に宿場がないのは場所探しが不要なので良いけど、どうもメリハリがつかなくて退屈だなと思ったのも事実。

そして今回どうしても間の合わなかった愛知県とはそのまま別れてしまい、三重県からは熱烈な歓迎を受けた。まさかこんなところで居酒屋入門することになるとは。メインの「歩き」が終わった投宿以降の全てが予想外過ぎた。ちなみに居酒屋から帰って風呂に入ったら例のごとく畳の上でぶっ倒れてしまい、またこんな時間に日記を書くことに。これまた、やられた。


本日の通過宿場:四十一、宮宿(出発)~四十二、桑名宿(到着)
本日の歩行距離:約41km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約8時間35分
本日の歩数:58190歩
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by kan-net | 2013-02-11 04:24 |
東海道五十三次 第十三日
東海道五十三次の旅、第十三日。旅路は再度の節目に到達。

今日は土曜日。世間では休みしかも三連休というが、僕に休みはなく、今日も旅を続けなくてはならない。もう二週間も休みなく毎日歩いてるんだから、ちょっとは休ませてよね!と思いきや、冷静に考えると僕こそ贅沢な休みをまさに享受していて、その時間の遣い方として僕自身がこの超大型徒歩旅行の実施を選択したのであったよ。こんなに過酷な旅になるとは思いも寄らなかったけど…とブツブツ思いながら朝9時半に出発。

今日も天気は良好。気温は低めで風もあるが昨日ほどではない。昨晩の暗がりの中で僕をまいた岡崎城下二十七曲りもお天道様の下ではすべて明るみに出て、快調にリベンジを成し遂げ岡崎脱出に成功する。さらにハイペースで歩を進め、午前12時30分、第三十九の宿場、池鯉鮒宿に到着。前の宿場からの距離は約14.9km、所要約3時間、歩数20338歩。ちりゅう、と読むそうで、現在は「知立」と文字を替えている町。

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そろそろ昼食を摂りたいと思った僕に「すき家 1km先」の看板が目に入る。そういうので良いよ!とずいずい前進しようと思いきや、無情にも順路は半分も進まないうちに脇の小路へ逸れる。僕は空腹で力が出なくなったり機嫌を損ねたりするタイプではないしましてや美食家でもないので、基本的に昼食は順路からなるべく離れず簡単に摂ることにしている。結局、今日もコンビニで買い食いに…。どうも愛知県に入ってから間合いが悪い。

しかし来週の今頃には京に辿りつき、思いがけずたくさんの仲間たちが到着式に出席してくれて、じゃあせっかくだからと昼から祝宴を張って楽しく飲めや歌えやしている頃ではないか!そう考えると小さなことも気にならなくなった。ああ楽しみだなあ!

わくわくしながら大変趣深い有松の町も通り過ぎ、午後3時20分、第四十の宿場、鳴海宿に到着。前の宿場からの距離は約11.0km、所要約2時間50分、歩数18132歩。いよいよ四十番台に突入!

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ところで愛知県に入ってから、道標を見つけるのが難しくなっている。静岡県のスタイルと異なることもあるが、少々わかりにくいように感じる。 弥次さんと喜多さんを歩道に埋め込んだところで、気づかんて!

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また東海道とは別の名所案内標識なども当然あるわけで、これを見分けるのが難しい。ある道標とガイドブックの経路とがどうも異なる気がして立ち往生していると、近くの自転車屋のご主人が「どこ行きたいの?」と声をかけてくれた。愛知県の優しさに触れた瞬間だった。教えてもらった通りの道順で歩き、午後5時10分、第四十一の宿場、宮宿に到着。前の宿場からの距離は約6.5km、所要約1時間50分、歩数11577歩。

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そしてこのまま川辺へ。ここから次の宿場までは渡し舟に乗って海路を行くのだそうだ。しかし現在は季節もののイベントとしてたまにクルーズ船が運航するだけで、残念ながら現在は季節外。そんなわけで明日は東海道とお別れである。でも、しばらく違う道を歩いてみるっていうのも、僕らお互いの将来のために大切なことだと思うんだ。また会えると信じてる、だから、、サヨナラっ!

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感想。けっこう今日も長い距離を歩いたけど、天候にも恵まれて快調だった。ただ夕食後にベッドにぶっ倒れてしまい、日記が変な時間になってしまった。道が途切れる七里の渡しに立った時にはなんだか感慨深かった。僕も彼らのように海路を行きたいが、残念だ。

ところで今日で十三日目。昔の人たちは標準的に十二泊十三日で江戸から京まで歩いたというのだから、その健脚たるや驚異的である。


本日の通過宿場:三十八、岡崎宿(出発)~三十九、池鯉鮒宿~四十、鳴海宿~四十一、宮宿(到着)
本日の歩行距離:約37km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約8時間20分
本日の歩数:52816歩
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by kan-net | 2013-02-10 04:38 |