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東海道五十三次 第三日
ぱねえ。ぱねえっす先輩!箱根路まじでぱねえっす!でも俺のほうがまじ本気で超ぱねえっす!!

昨晩立てた本日の行程、それは平塚から箱根までの一日踏破。ガイドブックによると計約35kmの距離で、箱根路の上りが大変には違いないけど行けないことはなかろうと想定して打ち立てた計画だった。

行けたよ、行けた。現に今ここ、箱根にいるもの。ただ、ただねえ…想定外の事象が生じたと言わざるを得ない。

ともあれ気合十分な朝はこれまでで最も早い7時半に宿を出て、「いざ箱根」を合言葉に旅を再開した。昨日の到着後に入念なケアを行ったおかげで身体のダメージは少なく、いたって快調に歩を進める。ものの40分程度で既に次なる宿場へ到着…と思いきやガイドブックに記されたチェックポイントが見当たらない。弱気に歩き続けたら何とかそれ関係の表札を見つけたので慌ててパチリ!午前8時25分、第八の宿場、大磯宿。前の宿場からの距離は約2.9km(+間違えて通り過ぎた約1km含む)、所要約50分、歩数4752歩。

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それにしても宿場のチェックポイントがキチッと見つからないのは気分が良いものではない。そもそも宿場町同士の距離がガイドブックやウェブサイトに載っていて、おそらく過去の資料なんかにある距離程(何里とか)を基に書いているのだと思うけど、それが実際に宿場町のうちの何処と何処を意味するものかがよくわからんのでどうもピンとこない。釈然としないながらも、先を急ぐ。

しばらく歩いていくと前方に小田原の街、そしてその向こうに箱根山が威風堂々と控えている。そして僕は10年前のことに思いをはせる。あれは大学一年生のゴールデンウィークだったろうか、自転車で世田谷から箱根、富士五湖を巡った時に、この道を通ったなぁと。当時は世田谷から箱根まで一日で移動したけど、あの時は歩くことの尊さがわかっちゃいなかったんだ。思えばあの頃は東京へ出てきたばかりで、高校御三家と言えば富山・富山中部・高岡だと思い込んでいたから、学内のアルバイト案内で「家庭教師 御三家出身の方限定 時給10000円」とかを見て、ああ御三家ってこんなところまで名が響いてるんだなぁと思ったものだったよ。

そんな物思いにふけりながら歩いていると順調に小田原の街に突入。早々に江戸口見附が見つかったのだけど、当時の僕は本陣跡を重視して探し続け、そのうちに街を出てしまった。慌てて戻ろうとするも江戸口見附まではかなり距離がある。しょうがないので近場の関係ありそうなところで手を打つ。午前12時30分、第九の宿場、小田原宿。前の宿場からの距離は約15.6km、所要約4時間、歩数25598歩。

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(ちなみにこの碑は明治期に作られた鉄道の駅に関するもので、江戸時代の旧東海道とはおよそ関係がないという説もある。)

さて、いずれにしても残すところはあと一つ。ガイドブックによると小田原から16.5kmの距離に佇むという、箱根宿である。役者はそろった。昼飯も食った。さあいざ行こう。

箱根湯本までの道のりは軽かった。なんだこんなものかと。権太坂がちょっと長くなっただけじゃないかと。そして箱根湯本を超えると坂の勾配が一気に変わった。しかしまあ、そうかそんなもんなのかと。確かにきついが、権太がちょっと長くなってずいぶんドギツクなっただけじゃないかと。

僕が阿呆だったよ。

ガイドブックは必要になった時に読むだけ、というスタイルでいた僕は、そのブック上に何やらおかしな形の道路が写し出された写真を見た。そして道路上に、「旧東海道」と書かれた標識を見た。舗装道路と別れを告げて、石畳に踏み込むべき時が来たのだ。

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疲れがたまり、痛みが全体に広がった足裏を様々な角度から刺激してくる石畳。その時、箱根路は権多ごときの比べものではないと知った。この石畳区間、距離にしておそらく箱根路の3分の1も占めていなかったと思うのだが、ここを歩くと一気に勢いが衰えてしまって大幅に時間を食う。

それでもめげずに箱根宿を目指す僕は、順調に歩を進め、それはそのまま上り坂を上り続けることを意味していた。そして気づいた。僕は冬山の中にいる、と。眼前には先般の大雪が溶けずに残っており、吐く息も白く、これまで汗だくだった衣服に冷たさを感じ始める世界。そして無情にも「いや、そっちの舗装道路じゃないです、はい、こっちです」と案内する標識たち。

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節子アカン!これ体罰や!とかツイートしようかと思いきやe-mobile圏外。docomoは通じたけど、もしこの道中で僕が足をひねって転倒して頭を打って気を失っても、しばらく誰も気づかなくて助けてもらえないぞ、あーそれは寂しいよ!寒いし!とか思いながらひたすら歩いた。

そしてついに終わりに差し掛かる箱根路、見えてきた芦ノ湖。すがりつくように湖岸について目を上げると、もう、これはご褒美ってやつでしょう。夕暮れの逆さ富士。

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既に私の心には勝利の凱歌が流れていた。そしてついに午後5時30分、第十の宿場、箱根宿に到着。前の宿場からの距離は約16.5km、所要約4時間30分、歩数27142歩。

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ついにやった!やったった!世界新を出したボルト的な気分に酔いしれつつ、まんじりとも動かせない体をひきずって宿へ向かう。そう、今夜の宿は例外的に事前予約をしておいたのだ。というのも箱根ではどうしても旅館で部屋食で優雅に過ごしたかったから。おまけに予定よりも早く午後5時45分には夕霧荘に投宿できたので、ゆっくりストレッチとアイシング、さらにひとっ風呂まで浴びたうえで部屋食にありつくという完璧な夜になったのであったよ。


感想。箱根路ぱねえ。まじ箱根路なめてたけどぱねえ。歩き始めるまではセコさんの助言とか思い出そうとして思い出さなかったりしていたんだけど、まさかあそこまで石畳を敷き詰めてくるとは露にも思っていなかったので、完全に虚を突かれたかたち。なるほど、これは難所だわ。完全に納得。

でもこれを乗り越えた僕も相当にぱねえと思う。いやある程度まじで。ようやったよ、ようやったよ僕。うんうん。もはや泣ける。温泉が最高に気持ちいいんだわ。疲れた山の神の身体を癒してくれるの。だから明朝も温泉浸かろうと思う。


はあーー。くたびれた。


本日の通過宿場:七、平塚宿(出発)~八、大磯宿~九、小田原宿~十、箱根宿(到着)
本日の歩行距離:約38km(GPS経路データを元にGoogleEarthで計測)
本日の歩行時間:約9時間45分
本日の歩数:58877歩



おまけ。旅館の部屋食。明日の朝も部屋食だぜ!

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by kan-net | 2013-01-31 00:59 |
東海道五十三次 第二日
二日目が無事に終わった。今日はまた、過酷な一日だった。というよりも自らストイックな日にしてしまった。

初日の最大の反省点、それは荷が重すぎることだった。さっそく対策として不要な荷物を手提げに移し、郵便局の業務開始を待ちながら、朝8時ちょうどに旅を再会。これが効果覿面!肩から背中、腰にかけての負荷が一気に軽減されて、昨日の夕方に頭をよぎった弱気もふっとぶ。最初のうちは蓄積疲労で筋肉が動かず、遅々とした歩みを進めていたのだが、そんな調子でも午前8時45分、第四の宿場、保土ヶ谷宿に到着。前の宿場からの距離は約4.9km(+宿往復の距離約0.6km)、所要約1時間20分(宿往復を含む)、歩数7435歩(宿往復を含む)。昨夕のうちの稼ぎがあったのも功を奏した。

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出発たった45分での到達に気をよくして、郵便局で手荷物も発送し、心も体も軽やかに権太坂へ突入。ガイドブックによると「行き倒れた人を埋めた投込塚もある」とのこの権太だが、ノリに乗った俺を止めることはできないぜ!大したことないじゃないか、これでもエース区間かい!(※ちなみに箱根駅伝で使われている区間は本物の「権太坂」ではないのだ) 勢いづくエース。颯爽と坂を上り切って、さらに一気に坂を下りきる!と!坂を下りきったところに、なぜか東戸塚駅が出現。何かがおかしいことに気付くエース。…そう、道を間違えたのである。坂のほぼ頂上にある十字路で、取るべき道を間違えていた。その距離約1.2km。

ここで二つの選択肢。大きな方角としては外れていないので、このまま経路修正して正規ルートへ復帰する。或いは、戻る。

僕は戻ることにした。道の外れ方が大きすぎたのだ。なるほど、ちょっとした経路ミスは昨日もすでにしているし、その時には戻ったりもしなかったけれども、できる限り今回は旧東海道のルートそのままを歩いてみたいと思っているのだ。ここは自分に鞭打って、1.2kmの上り坂を戻ることにした。

しかし困ったものである。旧東海道は現代においてはその街道としての風格を伴っておらず、道を特定するのが難しい。持ってきたガイドブックの案内も少しわかりづらいところがあり、困った困った。道路脇にたまにある「旧東海道」の標識などを強力なガイドにしながら歩みを進める。

と、その時、灰色ニットの小さいオジサンが激遅ジョギングしながら傷心の僕をフワフワと追い抜いて行った。見ていると、どうもオジサン、たまに引き返したりしながら旧東海道をゆっくり走っていく。視界から消えたりしながらも、引き返すものだから目に届く範囲を保っている。すわ道案内の小さいオジサンきた!と興奮してついて行ったら、1kmほど進んだところで明後日の方向に走り去っていった。

そんなこんなでついに午前11時50分、第五の宿場、戸塚宿へ到着。前の宿場からの距離は約8.8km、プラス約2.4kmの坂道往復で、所要2時間50分、歩数16699歩。

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この後は、前の区間でかなり時間と体力を削られたという反省のもと、慎重かつ大胆に前進する。頭の中では「トツカク」のリピートが続き、ほぼ無心に近い状態で歩きぬいた区間であったと思う(そう僕はラーメンズが大好きだ)。午後2時20分、第六の宿場、藤沢宿に到着。前の宿場からの距離7.8km、所要1時間50分(昼食40分除く)、歩数11142歩。

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僕の持っているガイドブックは、東海道五十三次の全工程を17区分して、全部歩き切れるような案内がされている。そこでは第2区分はこの藤沢宿で完結することになっていて、初心者たる僕としてはそういう情報に簡単に流されて歩くのがラクなわけだから、ここで今日の行程を終えることも当然あり得る。しかし、だ。僕がこのガイドブックで気に食わないこと、それは第十の宿場、箱根宿を単なる通過点として扱っていることである!はっきり言っておこう、箱根は通過点ではない、宿です!

そこで今日の終着地はもう一つ先の宿場町へと修正された。もう完全にストイックモードに入った僕を止めることなど誰にもできない。坂を上り下りした足が悲鳴をあげ、重荷を負った肩がシクシク泣こうと、行くと決めたら行く、それが俺のやり方だ!終盤、相模川に馬入橋を渡っている時には、もしここで川に転落したらどうしよう、もう自分で助かる体力はないから誰かが通りかかった時に落ちよう、ん?落ちよう?などと思いながら午後5時25分、第七の宿場、平塚宿に到着。前の宿場からの距離13.7km、所要3時間、歩数20130歩。これまで歩いた中で最長の区間、黙々踏破。

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宿を平塚駅の間近のグランドホテル神奈中平塚にとって、午後5時50分、投宿。今日は坂道が多かったので太ももにきていて、投宿直後から入念なストレッチとアイシングを施したが、効果のほどやいかに。夜はその後、平塚に出張中のM本くんと韓国料理を食べて、歩みが亀速だと揶揄されつつ楽しいひと時を過ごす。


感想。まず昨夜から施した荷重対策が非常に功を奏した。昨日よりも長く歩いたにも関わらず上半身の無駄な痛みは若干引いて、肩から背中上部にかけての痛みが少し残るくらいになった。もっとも疲労を感じるのが下半身と、歩行旅のあるべき姿に修正されてきたと思う。今日の経路は上り下りがあったのでけっこう太ももにきている。経路間違えによる約2.4kmが本当に余分だった。

そして明日はいよいよ大磯、小田原を抜けて、箱根を攻めようという魂胆である。既知の通り、箱根は「女転ばし坂」なんて恐怖の坂まであるような難所。ここ平塚からの距離は堂々の35km、うち坂道が続く小田原からの距離は16.5kmに及ぶ。これはもう、はっきり言って絶対にキツイ。かなり気持ちが折れそう。止めたくなりそう。転がりそう。しかし、、僕は何といっても箱根に泊まりたいのだ!箱根の温泉でお猿さんと晩酌したい!(できるのか?) 箱根の宿で女将さんの好意によって秘密の銘酒を勧められたい!(ある?) 障壁は大きく、また我が持てる力も微弱なれど、必ずや箱根を攻め落としてみせようぞ。

あれえ、もうこんな時間!はよ寝な~

本日の通過宿場:三、神奈川宿(出発)~四、保土ヶ谷宿~五、戸塚宿~六、藤沢宿~七、平塚宿(到着)
本日の歩行距離:約37km(GPS経路データを元にGoogleEarthで計測)
本日の歩行時間:約9時間10分
本日の歩数:53788歩
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by kan-net | 2013-01-30 01:25 |
東海道五十三次 第一日
今日、いよいよ念願だった東海道五十三次の旅を開始した。

小学校四年生の時に父兄と富山から東京まで歩くことを企てた時には二日目に富山と新潟との県境を過ぎたところで敢え無く敗退した。小学校六年生のリベンジマッチでは敦賀から奈良までを三泊四日くらいで歩き切った。その後は大学一年生の時に自転車で二泊三日の東京→箱根→富士五湖めぐり→東京の旅をしたくらいで、長らく一線から身を引いていたが、今回、留学までの隙間期間を利用して満を持しての現役復帰。東京・日本橋から始まり、京都・三条大橋まで一息で歩き切る旅の始まりである。

粉雪の舞う中、朝8時25分から四名の来賓と共に、日本橋の道路元標前にて出発式を粛々と執り行い、8時40分、出発。

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新橋に用事があったSo君と途中まで一緒に歩く。休日は人のごった返す銀座も平日の朝は人があまりいなくてのんびりしたものだ。初日ということもあって、あまり飛ばさずむしろ様子を見ながら歩こうということで、幼児のお散歩と並歩したりした午前中。思えばこの頃の余裕のかまし方が間違っていたのか。

いや、実は過ちは既に前夜に始まっていた。これまで4年間のほとんどを海外出張で過ごしてきた僕は「旅に出る」となったときに用意する荷物を完全に海外(途上国)仕様にしていたのだ。今回の旅は日本だと、頭ではわかっているはずなのに詰め込まれる多めの服や多めの薬。無駄にポカリの粉末とか。そうして僕のバックパックは出発時に既に間違った方向へ肥大していたのだった。

肩にめり込むバックパックにやや気を取られながらも、午前10時50分、無事に第一の宿場、品川宿に到着。距離にして約7.8km、所要2時間、歩数は13017歩。まだまだ元気なうえに、So君が再合流するというので30分間ほど休憩を取りつつ公園で遊ぶ園児たちに癒される。

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合流したSo君と歩みを進め、「涙橋っていうのは、西に旅立つ人たちをここで見送って涙したから涙橋っていうんだよ」などと言いながら小芝居の写真を撮る。その直後に確認された事実として、涙橋とは橋を渡ってすぐのところにある御仕置場(鈴ヶ森刑場)へ送られる罪人を見送る別れの場所だったらしい。。。

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さて、ここらへんでどうも悠然と構えすぎていることに気づき、先を急ぐ。昼食を摂ったところでSo君とは道を分かち、一気にスピードを上げて神奈川県へ突っ込む。前のめりっぽく歩くとバックパックも肩にめり込まないのだ、などという理論を打ち立てたころに、時にして午後2時20分、第二の宿場、川崎宿に到着。前の宿場からの距離は約9.8km、所要2時間半(休憩と昼食の約1時間除く)、歩数15706歩。どこらへんが写真とか撮り甲斐のあるポイントなのかわからずウロウロする。

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さて今日の残りはもう一駅。あまり遅くになると横浜の帰宅ラッシュの人たちに遭遇してしまう、との懸念からペースを落とさず前のめりの歩行姿勢を維持。途中、大学生らしき男女約八名の集団を追い抜かしたのだけど、どうも見られている気がして。みょうちくりんな恰好を面白がっているだけなら良いが、もし追いかけきてオヤジ狩られたらどうしよう、今の僕には彼らを成敗するだけの体力が残っているだろうか。眼力だけなら負けないんだけど…とか思ったけど何にも構ってくれなかった。それにしても疲れたなーもうすぐかなーと思いながらガイドブックに目を落とすと衝撃的な文章が。

「神奈川宿は日本橋から7里。足弱とされた女性や老人も、ここまでは1日の行程だった。」

その時に確信したよ、僕、やっぱり荷が重すぎたんだって。明らかにめり込んでるもの。肩口からバッサリと斬りつけられた気分で歩き続けて、しくしくと痛むもの。影響で背中やら腰やらも痛むもの。すぐに要らない荷物を自宅に送ろう、と決意した瞬間だった。

ちなみに出発直前まで下調べをほとんどしなかったので、「東海道は12泊13日が標準」と知った時には愕然とした。53泊54日なのかな?アハ?みたいなことをチラリ以上に思ったりしていた僕は阿呆である。当時の人たちってずいぶん足が弱かったのねぇ、僕なんてゆったりで20日間で行っちゃうんだから、フフン、とか夢の中ででも思ったりしていた僕はド阿呆であるよ。

そんなことをツラツラ考えていたら、午後4時50分、第三の宿場、神奈川宿に着いた。前の宿場からの距離は約9.7km、所要2時間20分、歩数15436歩。

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やっと着いた!本日これでオシマイ!ウェルダン!で、宿は!?と地図やらグーグル先生やらと相談してみると、東海道の経路近くにホテルを発見。進路も稼げるしということでさらに35分ほど歩き、午後5時25分、東横イン横浜西口に投宿。


感想。思っていたよりも熾烈を極めてしまった、過剰負荷も相まって、というのが正直なところ。初日なわけで、もっとひょいひょい歩くでしょうよ、と思っていたのに、この体たらく。肩・背中・腰・ふくらはぎ・足の裏までもう痛くってもー。慌ててコンビニで紙袋を買って、自宅に送る不要な荷物を詰めたわ。そして湿布で患部をケア。気づいたのはやたら右足に負担がかかっているらしいということ。こんなに美しく歩いているつもりなのに、どうしても人体って非対称なんですねぇ、映画って本当に、非対称なんですねえ。と思った。

この調子で残り19日間ってのは、なかなかどうして悪い冗談なのであって、とりあえず明日の早めに不要な荷物を自宅に発送する。これによって数キロ分の荷が下りるわけで、少しは安定感を取り戻すであろう。そして出発時刻も早めるのだ。昔の人々はなんと午前4時に出発していたんだとな!それにならって、僕も午前8時までに出発したいと思う。


歩いている間はいろいろ考えたりするし、毎日ブログで記録を残していきたいと思っている。本当は考えたこととかまだまだたくさんあるけれども、遅くなってしまったので、また明日。

本日の通過宿場:起点、日本橋(出発)~一、品川宿~二、川崎宿~三、神奈川宿(到着)
本日の歩行距離:約32km(GPS経路データを元にGoogleEarthで計測。寄り道が入ってきてる)
本日の歩行時間:約7時間半
本日の歩数:47168歩
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by kan-net | 2013-01-29 00:26 |
東海道五十三次 頭出し
(2013年2月7日深夜に執筆の記事)

東海道五十三次の日記を書き始めてから、以前の倍以上の人たちがこのブログを覗きに来てくださっています。ありがとうございます。読みにくいところも多々あることと思いますが、どうぞご容赦ください。

せっかくなのでブログ上部の画像を変更してみました。東海道五十三次の旅が終わるまではこれで行こうかと。もっといい画が撮れたらまた変更するかもしれませんが。

なおこの旅の日記は「東海道五十三次 第一日」から始まっています。よろしければこちらから順次ご笑覧ください。最新の日記はこの「頭出し」の下に続きます。

では東海道五十三次の旅日記、ゆるりとお付き合いのほどお願いします。2月16日に終了予定です。

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by kan-net | 2013-01-26 00:00 |
向こう暫くの予定(2013年3月まで)
向こう暫くについてはこんな具合で移動する見込み。厳密ではない。

12月30日(土)~1月23日(水) 富山 25日間
1月24日(木)~1月27日(日) 横浜 4日間
1月28日(月)~2月19日(火) 東海道五十三次+大阪 23日間
2月20日(水)~2月27日(水) 横浜 8日間
2月28日(木)~3月3日(日) 福島・宮城・岩手 4日間
3月4日(月)~3月7日(木) 横浜 4日間
3月8日(金)~3月21日(木) 富山 14日間
3月22日(金)~3月31日(日) 東京 10日間
4月1日(月)?~ フランス 21か月間


東海道五十三次が目下の最大イベント。
やりたいことや既に入った予定がけっこう地元や首都圏外にあるので
東京・横浜での滞在期間がけっこう短い。
んだけど予定がまだ固まってないだけで、首都圏にも会いたい人たちがたくさん。
困った。困ってますが、このフレームの中でどうにかやりくり上手したいと思います。


注:フランスの留学選考を通過する前提のスケジュールです。
  選考試験は17日に終了済みで、現在は合否の通知待ち中。



ところで新しい富山大橋、立山連峰が映えて、なかなか良かですね。

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by kan-net | 2013-01-21 17:07 | 暮らし
論文レビュー: Inaccuracy of traffic forecasts
"Inaccuracy of traffic forecasts and cons estimates on large transport projects"
Mette K. Skamris and Bent Flvbjerg
Transport Policy, Vol. 4, No. 3, pp. 141-146, 1997

大規模交通事業における需要予測および事業費積算の不正確性に関して。
デンマークの先生が1997年に書かれた論文で、
昨年、大学の先生から教えていただいたもの。

書かれた時期はやや古いけど
おそらく大きくは同じ傾向が続いているだろうと思われる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

論文の要旨としては
自国および他国の大規模交通事業(鉄道・道路・橋梁・トンネルなど)について、
①事業の実施承認時に計算された交通需要予測の値および事業費と
②事業が実施されて供与開始したのちの実際の交通量および事業費
との比較を行った結果から、
・事業費が計画時よりも50%~100%ほど超過する事業が多い (※1)
・交通量が計画時よりも20%~60%ほど少なくなる事業が多い (※1)
という傾向を指摘し、(※2)
交通量の過大予測が不適切な予算配分を招く恐れがあると指摘するもの。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

※1 事業承認のために実施される実施可能性調査(Feasibility Study)では誤差10%以内の精度が要求される、と会社の先輩から聞いたことがあります(文書として明記はされていないと思う)

※2 論文では予測の難しさを認めながらも、その予測誤差が過多ないし過小の一方に偏っていることから単なる「予測の難しさ」の問題ではないと指摘しています ←2013/1/11追記

僕もこれまで交通量予測の仕事をしてきた。
残念ながら事実として、交通量の予測は「(少ないよりは)多い値を出す」という意思が
特に途上国の事業者(公共事業省など)には働いているように思う。
(計算には様々な仮定を与えるためその過程である程度の操作が可能)
政治的な背景などもあり事業実施がすでに既定路線になっているケースが多く、
事業実施の議会承認をスムーズに得るために「多めの」交通量予測が好まれる傾向。
また同じく議会承認を念頭に、事業費もできるだけ安く抑えるよう(やや無理をしてでも)
という傾向があるように感じた。なのでこの論文で述べられている傾向は正であると思う。

気になるのは
・2013年現在に置き換えて再検証するとどうなるか(論文公開から16年が経過)
・大規模事業に限らない各種規模の場合の検証結果はどのようなものか
・近年よく取沙汰される民活事業の場合にはどのような傾向が出るのか
関連論文は既に出ているだろうから、今度調べてみよう。

あと、もう少し身近なところで実は一番気になっているのが、
自分の携わった事業について同じような比較をしたらどんな結果が出るかということ。
まだ実現された案件はないけど、実現されたら比較してみよう。怖いけれども。



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現場から離れて勉強をすると決めたので、勉強をちゃんと頑張れるように、
また現場で頑張っている仲間たちに少し刺激になるような発信ができるように、
勉強したことをちょくちょく発信していくことにしようと思ったのでした。
企画倒れにならないよう続けていきたいと思います。
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by kan-net | 2013-01-10 23:04 | 勉強・見学
2013年 あけましておめでとうございます
あけましておめでとうございます。
雪降る富山よりご挨拶申し上げます。
今年もよろしくお願いします。

今年は挑戦の年。
という言い方をすると例年いかに挑戦していなかったかを
新年早々に反省するのだけど、
今年はやはり挑戦の年です。

1.フランスの大学院留学に合格する
2.フランスの大学院留学で交通工学を熱心に学ぶ
3.フランス語を習得する
4.自律生活

やると決めたからにはやる。
甘えず手を抜かず自分の道を精一杯がんばる。
自分のためだから。それがいつか人のためにもつながると信じているから。
全力でがんばります。

たくさんの人たちに応援してもらって僕は幸せです。
年末、本当に思いもよらないほど多くの人から激励をいただき幸せを感じるとともに
まだまだ未熟な自分の現状を顧みて申し訳なくすら感じました。
必ず期待に応えたい、期待を上回りたいと気持ちを強くしました。
どうぞこれからも応援お願いします。誰よりも頑張ります。

ちなみに地元の神社で引いたおみくじには、
「結果は出ない。鍛錬せい」というようなことが書いてありました。
合点承知。鍛錬します。

(でもまず留学合格だけは結果が必要!がんばります)

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by kan-net | 2013-01-03 12:42 | あいさつ