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【2006春】【回顧録】バンコク丸一日
タイには3日間いた。
正確には2月27日15時ごろから3月1日11時ごろまで、だったかな。
そのうち丸一日いたのは2月28日だけ。あんまり何もしてない。
でもカフェでちょっとステキな体験をしました。

◆2006年2月28日(日)◆

当初の予定ではこの日、
昼過ぎの鉄道に乗ってバンコクから東へ移動し、
カンボジアとの国境の町アランヤプラテートに一泊して、
翌日歩いて国境を越えてトラックバスでプノンペンを目指すはずだった。

のだが。

ADYF仕事進捗状況、健康状態、治安状況、
どれもあまり好ましくない状況であるということで、
鉄道駅舎に移動中、急遽予定を変更。
旅行会社に行って、翌日のプノンペン行き航空券をゲットした。

さてどうする。。。
2ヶ月前にも歩き回ったバンコク。見慣れた光景。
今から大きい荷物持って歩き回るのもなぁ~…
ということでカフェに行ってぐったりしてみた。

このカフェ、インターネットも30分無料ということだったので、
そうかそうかと言って使っていたのだが、
後から来たおばさん(オネエチャンと呼ぶのは不適切であろう)が
二台しかないパソコンのもう一台を使うため電源を入れようとして
間違って僕のパソコンの電源を切りおった。
おばさん、自分の使いたいパソコンがつかなくて戸惑っていたが、
戸惑ったのはこっちの方ですから。

おばさん、ようやく自分のやったことに気付いて、
おば:「あらごめんなさい、てっきりこっちのパソコンの電源だと思って」
とありがちなことをおっしゃったので、
ぼく:「いや、いいですよ、きにしないでください」
と笑いながらありがちに応えたところ、
おば:「そうよね、こんな紛らわしいところにあるからだめなのよね」
すでに本当にほとんど気にしてない。
ようやくついたPCでちょちょっと用件を済ませて、おばさんは笑って手を振って去っていった。

若干あっけにとられつつ「今のタイムロスは損したなー残り何分かなー」と思って
タイマーを見たらネジが壊れてて最初っから時間が進んでなかった(笑)
さすがにずっと無料で使うのは気が引けたので38分くらい使ったところで店員さんに教えてあげたら、
店員さん喜んじゃって、アイスコーヒー一杯おまけしてくれた。
そのあとも店員さんと談笑しながら、結局1.5時間くらいそのカフェでくつろいでいた。

なんとなくホッと緊張の解けるようなひとコマだったね。のんびり感とでも言うか。
ちょっとだけステキな経験をしたような気分に浸ってみた昼下がりだった。

夜は仕事帰りで疲れている姉とともにタイスキを食べに行って、
帰ってきてADYFの仕事をもくもくもく・・・
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by kan-net | 2006-02-28 00:00 | サークル
【2006春】【回顧録】ラオス2日目、タイ入国
さぁてラオスを観光しよう。半日だけだが。

◆2006年2月27日(月)◆

目覚ましを忘れてきたので朝は自然な目覚め。
それでも旅行者魂が燃えて6時半には目覚めたのよ。
前夜はちょっと体調不良を感じたけど、もうけっこう元気。

とりあえず朝ご飯を食べたいと思い、メコン川を望みつつちょっと散歩。
道沿い、大して何もない。
歩いた方向には朝食食べられそうなとこもない。
ホテルに戻り、荷作り。
荷物を持ってチェックアウトして、さっきと逆方向に歩く。

と、ヨーロピアンスタイルのカフェを発見。朝食。
ラオスだからって特別これといったこたぁないヨーロピアン。
しかし何はともあれ朝食を摂りたかったんだから仕方ない。

それから地図を見ながらもくもく歩く。
町の中心部にあるナンプ(噴水)やらホワイトハウス(迎賓館)、タートダム(黒塔)をかすめて

パトゥーサイ(凱旋門)
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タートルアン(金塔)
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すばらしかったね。

タートルアンからはトゥクトゥクを半額以下に値切り倒してタラートサオ(市場)へ。
いろいろ土産を物色して、昼食を摂ったら、バスターミナルへ。
ここでトゥクトゥク運転手が外国人旅行客をターゲットに次々に話し掛けてくる。
やつら英語もまともにできないけどとりあえず「No Bus!!」と誘ってきて、
こちらもラオスの勝手がわからないから少し迷いつつ、

「まぁもし本当になければ後で頼もう」

と思ってバス乗り場へ行ったら、やっぱりあった。
トゥクトゥクに乗るよりも10分の1くらいのコストで移動できた。

移動先は、ブッダパーク。
仏教とヒンズー教の像が乱立された公園で、非常に愉快なところだった。
もし4,5人で行ったら絶対にやったのに。(写真右)
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このほか愉快な写真をいくつか撮ってあるので見たい人は連絡ください(笑)

ブッダパークを出て、再びバスでタイとの国境へ。
国境には橋がかかっていて、専用シャトルバスで国境を越えた。

タイ入国。

タイは入ったとたんにいろんなものの雰囲気が違った。
人の様子、街の騒々しさ、空気の色、、
ノーンカーイという国境のあまり大きくない街だったけれど、
川一本隔てただけでもタイとラオスは全然違う国であるということを感じさせられた。

タイ入国してからひたすら移動すること2時間半、最寄の空港へ。
そこでバンコク行き飛行機のチケットを購入して、
夜9時?10時?ごろ、バンコクへ無事到着。
姉に迎えに来ていただいて、宿舎へ移動。
ラオスでは見ようはずもないセブンイレブンで夕飯を購入して食べて、
ビールなんかもいただいて気分よくなって、
メールを40通受信して萎えて、
返事とか書いたりして、
夜も深く更けたころ、眠りについたのであった。


総じてラオスは思っていたよりもずっと平和で牧歌的な雰囲気を感じた。
きっとビエンチャンから外に出たら危険なところもたくさんあるんだろうけど。
悠久なるメコン川の隣にポツリと位置するビエンチャンは、
たいして見るところ(観光スポット)がないような感じではあるけど、
すごく平和でゆったりしていて、
ぜひまた訪れたいな、と思う、そんな街だった。
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by kan-net | 2006-02-27 00:00 | サークル
【2006春】【回顧録】ラオス1日目
初ラオスは初一人旅。しょっぱなからアクシデンタルだったよ。

◆2006年2月26日(日)◆

まず成田を昼頃に発ち、ハノイのノイバイ空港に到着。
乗り継ぎ40分で、すぐに次の便に乗れ、ということだったので
急いでゲートに向かったら、

「あれ、SiemReap行きじゃん」

場内アナウンスとかよく聞くと、

「ビエンチャン行きは飛行機の整備で遅れてます。3時間待ってて。」

うげー。
ひまー。
花札とか持ってこなかったしー。
てゆうか一人だしー。

て思ってたら。
日本人のかた発見。Kさん。
有名な商社にお勤めで、お仕事でラオスに行かれるところでした。
飛行機遅れの代わりで渡されたタダ券を持ってレストランに行って雑談。

Kさんはラオスにも何度もいらしたことがあって、
パスポートを見せていただいたけど本当にすごい数のハンコ。そして追加ページ。
商社と土木の関係とかを少し話したりして、おたがい
「わかったようでわからんね」とか言いながら暇つぶし。
しかし3時間は長かったですね。花札やっぱり必要だった。

ようやく飛行機に乗ってビエンチャン到着。夜9時。
Kさんに教えていただいたとおりの手順でパパッとビザをゲット。一番乗り。
と。
ここでKさんのおかげで命拾い。
もともとの予定では夕方6時に現地入りするはずだったので宿は余裕で探せるはずが、
飛行機の遅延で夜9時になってしまい、かなり焦っていたのだが、
Kさん。すばらし。
Kさん会社の専属ドライバーさん?が迎えに来てくれて、一緒に乗せてくれて、
知り合いの経営するミニホテルに連れて行ってくれた。
ありがとう、Kさん、そしてドライバーさん!!

このホテル、憧れのメコン川がすぐそこにあったのだけど、
前夜が徹夜だったこともあって体調が優れず、そのままベッドに倒れこむ。
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by kan-net | 2006-02-26 21:00 | サークル
【2006春】いってきます
唐突ですが。



これから1ヶ月間。

東南アジア、バックパッカーの旅。

でも実際殆どADYFの研究企画の旅。



いってきます
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by kan-net | 2006-02-26 06:25 | サークル
ニシエヒガシエ
それこそ、2月22日22時22分頃の話。

山手線に乗って、
自宅近くの「駒込駅」を目指した。内回り。

西日暮里」のホームを見た覚えはある。
しかし次に見たホームには「池袋」と書いてあった。

慌てて戻る方向の外回り山手線に飛び乗る。
飛び乗ったのだが。
次に見た看板には「秋葉原」の文字が。


もう、ショックは隠しきれないよね。
いつのまにこんなところまで来たんだろうって。
なんで、たった5分、起きていられなかったんだろうって。


秋葉原からの内回りは客が多くてずっと立っていたので、
なんとか無事に駒込で降りることができた。
しかしニシエヒガシエ振り回されて、自分の無力さを感じた夜であった。
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by kan-net | 2006-02-22 22:22 | 暮らし
カーリングだなぁ
Excite エキサイト : スポーツニュース


いやぁカーリング。
たぶん競技開始前にはそれほど注目されていなかったと思うけど、
ふたを開けてみれば、何のことはない、
NHKのアナウンサーによるとこのトリノで応援メッセージが
最も集まったのはカーリングらしい。

実際おもしろいスポーツだと思う。
見ていて雰囲気だけででもすごく上手いショットなどは何となくわかるし、
頭脳も指先の技術もすごく使いそうな感じがびんびん伝わってくる。
機会があればぜひやってみたいと思う競技である。

もっと日本の若いプレイヤーの勝負を見たかったが、
残念ながら準決勝進出はならず、敗退してしまった。
この負けたときの報道からも、最終的にはかなり注目されてたことがわかる。

4年後にはこのトリノで興味を持った若者なんかが出場したりするんだろうなぁ。
そのときが今から楽しみ。今度はメダルを取ってくれ。

いやぁ、カーリング、熱いね。
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by kan-net | 2006-02-21 03:00 | 何気ない
疲れるとこうなります
ワタシ、疲れるとこうなります。


第一段階
・ちょっと走っただけで足がつらい
・座ってると震度一くらいの揺れを感じる

第二段階
・走ると足がかなりつらい
・座ってても頭がもうグワングワン揺れる
・目が痛くて物体を注視できない

第三段階
・もはやまともに走れない
・電車で座ると寝過ごす
・電車で立っていても膝がガクってなる
・しゃべりながら寝る

第四段階
・肌にボツボツの発疹みたいのがあらわれる
・視力が極端に低下
・ふっと目覚めて何かをしていた気がして焦る

第五段階
・物を落とす、こぼす
・突然寝
・奇声を発する


などなど。


今ね、だいたい第四段階くらい。
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by kan-net | 2006-02-20 01:07 | 何気ない
しらふでどれだけ話せるか
今日は18時半から24時までの5.5時間、
ず~~~っとFみ・Soと話し合いをしていた。
ほとんど飲み食いナシで。。。

別にさほど問題ない。
内容もマジな話なんだからかなり普通だ。

しかし休日の夜のこんな時間帯、
男三人で話し込んでいたのにノンアルコールというのは
なかなか淋しいような気もする。
僕はしらふでも際限なく話せる性質だけど。


Tかとだったら無理だな。
彼はこないだ他団体との話し合いで
ソフトドリンクだけで3時間「乗り切った」らしい。
弱いな。

Fみは昨夜、ビール二杯だけ飲んで
その後12時間ほどずっと友人と話していたらしい。
これは、けっこう「すごい」かもしれない。


それにしてもこの5.5時間は最近にない長さだった気がする。
以前で長かったのは…秋かな。SC報告会の直前とか。
いやぁ、なかなか頑張った。

本当ならもっとパキパキ話が進めば良いのだけど。
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by kan-net | 2006-02-19 23:58 | サークル
実はあと1週間。
あと1週間ほどしたら日本を離れます。
正しくは、

2006年2月26日11時00分 から
2006年3月25日06時40分 まで

離れます。
どこに行くんでしょう。

それはですね。
もうネタバレしちゃうけど。

東南アジア

です。なんの代わり映えもないよ。

ハノイ(乗り継ぎ)→ビエンチャン→バンコク→プノンペン→ホーチミン→ハノイ
と反時計回りにぐるりと行く予定。
途中の移動は主に陸路。鉄道とバスをメインにしてみようと計画中。
いよいよ僕も「バックパッカーデビュー」というわけ!
プノンペンまでは一人旅になりそうで、そう考えるとけっこうドキドキするね。

えーてかマジで出発までたった1週間やんかー。

・バックパックを買っていない
・ラオス、カンボジア、ベトナムのビザを買っていない
・国内便も押さえていない
・国際線すら支払っていない
・現地でのADYF活動計画ができていない
・帰国後のADYF活動計画ができていない
・てか大学のレポートが終わっていない

その他にも問題多数。






こっからこっから!試合捨てんな!!
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by kan-net | 2006-02-18 20:30 | サークル
三発目は忘年度会
15日 富士急ハイランド帰りの飲み@東方見聞録
16日 卒論発表会後の「卒業パーティー」@16号教室

そして

17日 年度末の締め「忘年度会」@こだわり屋


今回のはいわゆる「国P飲み」。むんっ

学部2年+3年+4年+院1年+教員
合計25人ほどかな。
老若男女入り混じって。ワイワイガヤガヤと。


面白かったのは
・MサさんとKゃしーの「かーわーいーいーーー」
・UっしーがM本先輩に「いやぁ厳しいっすわー」
・TるみさんがGっきーを「彼はわかってる!」
・M先生がO賀ちゃんに男の落とし方を伝授して「キュン!」

かなりウケた。

僕自身は主にH田先生と「真の笑い」の話とか卒論の話とかいろいろ話してた。
普段はなかなか先生や先輩とフランクに話をする機会なんてもてないので、
こういう機会はすごく楽しいし有意義。
H田先生は相当な照れ屋さんで口が堅くてお酒に決して飲まれない人ですな。


僕らの代が国Pイベントを率先して開催するのはこれで一応おしまい。
最後もかなり盛り上がって、すごく楽しくて良かったと思う。
いや、おつかれさまでした、僕達。よくやったよ、きっと。

今後もまた三期生が引っ張っていってくれると信じて。
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by kan-net | 2006-02-17 18:00 | 学業