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岡村杯第二戦 vs河川・土質研
うちの学科では毎年「岡村杯」という研究室対校の野球大会がある。
3年生はまだ研究室に所属していないため「3年生チーム」として出場している。

10月28日に行われた第一戦、交通研との試合は
明らかに本気でレベルの違う相手ピッチャーの速球に完全に鎮圧され0-12の完敗。
なお僕は3番ライトで2三振とサードゴロに倒れていた。

そんで迎えた第二戦、相手チームは河川研・土質研の連合チーム。
ここで相手チームが人数不足で5人しかおらず、3年は13人も集まっていたため
3年生から4人、連合チームにレンタル移籍して戦うことに。

はい、じゃんけーんぽんっ

最近じゃんけん運がない。河川・土質チームに身売り。
3年チームを敵にして戦うことになった。5番センターとして出場。

皮肉なことに、この日は当たってしまった。
第一打席、ライトオーバーの三塁打で打点2を挙げる。
第二打席は四球、第三打席はショートゴロに倒れるも、
なんか前と違って野球してる感があって楽しかった。
試合は3-9で3年生チームの勝利。
僕は負けたけど3年生は勝ったので良かったとしよう。

次の試合が11月8日にあるかも知れないらしい。vs建マネ研。
決勝トーナメントに進むにはB組2位に得失点差で勝たねばならない。(3年はA組)
B組2位は得失点差+11で全試合を終えている。3年生チームは今のところ差-6。
つまり次の試合で18点以上の大差をつけないと決勝トーナメントに行けないのだ。

…うぅ…

エンジョイベースボール!!
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by kan-net | 2005-10-31 10:30 | 学業
教会バザー
どういうご縁があってかはよく知らないけど、
ADYFの仕事としてキリスト教のバザーに出店するというのがあって、
Aっこ、Mいまい、Aきえと一緒に明大前まで行ってきた。

僕らが販売するのはハノイでストリートチルドレン<路上生活者>として
生活している小学生が、職業訓練の一環で作った手作り商品。
キーホルダーやグリーティングカードからポーチやリュックサックまで、
手作りとは思えないようなとても出来の良い作品が揃っていた。
生地がまた色とりどりで美しい。

そんなわけで、最初こそは恒例のリサイクル小物売り場(?)におば樣方が殺到して
お客さんが少なく不安だったけど、時間が経つに従いどんどん売れていって、
最後の方にはほとんどの商品が売り払われた。すばらし。

売り上げはベトナムの小学生の学費として使われるのでありました。
いやぁ良いことをした。

なお終盤にさしかかったところでAきえママが登場。
何でもAきえ弟と僕がそっくりで、写メールでは本当に勘違いするほどらしく、
しかしそんな僕がママと初めて対面したときに頂いた一言、
「ずっとキレイよね。」
ありがとうございます。その言葉を胸に生きていきます。
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by kan-net | 2005-10-30 10:00 | サークル
ダーラムぷち同窓会
中学3年のときに共にダーラムへ行った仲間たち、のうち、
東京近郊に住んでいる人たちが7人集まってぷち同窓会を行った。
集まったのはTる・Uめ・H木・M原・K林・Sがぶ・ぷらす自分で7人。
Sがぶは群馬からはるばる来たって言うからびっくりだね。

6年ぶりの再会。
Tるは前よりもずっとつっこみやすい男になってた。
Uめはお母さんキャラがかなりツボだった。
H木はかなり変わってない感じのくせにTるよりもネタ持ってる実はやり手。
M原さんは外見は変わったけど人柄は変わってなかった。
K林さんは日吉キャンパスでハジケと落ち着きの間を探しているらしい。
Sがぶは群馬からはるばる来て今日も外泊。
みんなそれぞれ楽しくやっているらしい。

ずっと会わず…てかトータルでもたった1ヶ月ほどしか会わなかった仲間たちが
6年の時を経て再び集まるとどんなことになるのだろうかと
それなりにドキドキしながら行ったのだが、
そりゃ最初はギコチナイと言うか落ち着かない感じだったのだけど
ちょっと話してるうちすぐに時の障害は消え去っていった。

今日共に過ごした時間はおよそ4時間。
1ヶ月間ほど付き合った仲間と6年間を経て4時間の時を過ごす。
そんなアンバランスな時間間隔の中で、とても楽しい時間を過ごせた。
「また会おう。」
その言葉が実現されるのはいつなのかわからないけれど、
この仲間たちとはそんな付き合いも全く普通にアリなんだなって、思った。

e0001193_120032.jpg時は人を変える。
という言葉はあるし、それは感じた。だけど、
時が経とうが経つまいが関係ない
というのも感じた日だった。

右はH木が帰っちゃってから撮ったプリクラ。いやー楽しかった!
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by kan-net | 2005-10-29 17:30 | 暮らし
優れた文章
優れた文章を書くにはどうしたらいいのだろうか。
いろいろな要素があるに違いない。

例えば今、講義の課題で読書感想文というのがあって(小学生じゃないんだが)
とりあえず新渡戸稲造の「武士道」を読んでいる。
ほとんど全ての思考について史実などとの裏付けや関連付けを試みていて
理解を深めるのに役立っている。ちょっとそういう枝葉が多すぎる気もするが。
何はともあれ洞察力の鋭さが感じられる。

ちなみに小説家としては夏目漱石が好き。心理描写が生々しく適切に思う。
よくぞそれを文字にできたな、と思える。

視点を変えて、身の周りの人のブログについて言えば、
一日何十もの、何百ものアクセスをとりつける人の文章はたしかにおもしろい。
そう、おもしろいのだ。
新渡戸稲造とか夏目漱石とかっていうスゴさとは全く違う。
けど人を惹きつけるものを持っている。よくわかんないけど。


さて、なぜこんなことを書いているかというと、
今僕の所属するADYFは再出発の時を迎えていて、
それに際し僕は一つの文書を作成した。
それはADYFという団体の「趣意書」といった感じのもの。
理念や目標、指針などを載せたものである。
SC以降これまでの議論を僕なりに集約してこの趣意書をまとめてみたのだが、
まぁ全くの叩き台だったこともあり、H本さんからツッコミを受けてしまった。

かいつまんで言うと、ADYFの可能性、他とは違うなと言った感覚が
イマイチこない。という指摘だったと思う。
僕としてはむしろその点について少なからず意識しつつ文書を
作成したつもりだったので、う~~~ん、ちょっと。。。

文書にして他人に伝えるということの難しさを改めて感じた。
伝えようとするからには伝わるようにしなくてはならない。
自分本位ではいけない。言ってみれば他者への配慮か。
うーん、まだまだ足りてない。


自然に他者への配慮ができ、サラッともっと上手い文章を書けるよう成長したい。
このブログも含めて、心がけていこう。
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by kan-net | 2005-10-27 18:20 | 何気ない
きしゅへん
アクセスが1000を超えたことを記念してか、
高校卒業直後に購入した携帯電話が唐突に故障。
ボタン操作がほぼ完全に不能となってしまった。

実は一年前から調子が悪かった携帯、SO212i
その時も上下選択のスクロール部分が突如として機能低下した。
必死で訓練を重ねた結果、下方向は難なく、上方向は気合いで、
自在にスクロースさせることができるようになった。
その結果むしろ誰に携帯を奪われても自在に操作させない「自動キーロック」が成立し、
別に意味のない優越感を味わっていた。
というのに。

全ボタン機能停止はさすがに厳しい。
もしかしたら今回も達人の技を身につければ操れるのかもしれないが。さすがに。。。

ということで機種変してみた。選択基準は、

「安い」

以上。その結果、店に入ってすぐ決定した。
premini-S。前回同様ソニーの製品である。

これがちっちゃいんだ、ほんとに。よくぞここまで。
こんなの持ってると何となく自分がミーハーかのような、罪悪感に似た気持ちになる。
「そんなに小さいと使いにくくない?」って言われる時とか、ちょっとね。
ただ実際、これまでのスクロールできない携帯から比べると格段に使いやすいのだ。
一行上に難なく移動できる喜び!
忘れかけていた大切な何かを取り戻したような気がする。
これから永らくよろしく、ぷれみにくん。

ちなみに「premini-S」は通称らしく、正式名称?識別名称?は「SO213i」らしい。
つまり前のやつと兄弟なのね。

e0001193_1639189.jpg

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by kan-net | 2005-10-23 15:30 | 何気ない
来ました!1000アクセス!!
でったーっ!出ましたーーーっ!!


1000アクセスっ



この記念すべき1000アクセス目を踏んだ人が誰かはわかりませんが
10月22日14時半~15時28分までの間に見てくれた人です。
「あ、それ自分だ」という人は連絡してくだされば1000アクセス記念に
なんらかの記念品が授与される。のか?


500アクセスまでに書いた記事が2.5ヶ月で46、
それ以降に書いた記事が2ヶ月で24。

サボり傾向は明らかなのだけど、読んでくださってありがとうございます。
僕としては、こう、言っちゃなんだけど、日平均10アクセス弱という期待薄なのが
ライターとしても気楽でやりやすい。
一日に50アクセスとかになると、もはやプレッシャーとか感じそうだし。
なかなか忙しい日々の中で息抜きとして書いてるKanet、本旨通り。良いね。

次のアクセスで1001。ついにいっせんを超えるが
今後もこれまで通りのゆったりのったりペースで書いていこう。
と思うのでした。

うおーさりげなくサムいー。

今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。


かん
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by kan-net | 2005-10-22 15:54 | あいさつ
「おつかれ~」
さっき、講義の終わった教室からみんながどんどん去っていくのを見ながら、
ふと考えたこと。


別れ際、みんな「おつかれ~」って言って去っていく。
スムーズな流れで「じゃあね~おつかれ~」とか。
「おつかれ」?
本当に疲れているのかどうかも疑問だし、
そんな言葉が「じゃあね~」よりも後ろに来るというのがまた謎。
外国人はこれを聞いてどう感じるのだろうか。

むしろ僕はこれを英語で説明できない気がする。
何と言えば良いのだろうか。

「おつかれ」、元を辿れば「お疲れ様」。
そう、「様」。尊敬の意思表明。
つまりこの言葉には日本人の「努力を誉めたたえる精神」が詰まっているのではないか。
疲れている人は頑張っている人、頑張っている人は偉い人。
そんな日本人の価値観が大いに含まれている気がする。

類義語:「ごくろうさま」。
しかしこれは見下してるようなニュアンスが含まれ、避けられているのだろう。

ただしここまで日常的に連呼していると、もはやそれは惰性の言葉になりつつあって、
尊敬の意思が多くの場面で薄れている気がする。
この講義一コマだけ受けて帰るのに、本当に君は疲れているのか?とか。

あと、自分が楽しいと思って自主的にやってるのに、
「おつかれ~」言われて「うん?」って思うことがたまにある。
それが一緒に仕事した人だったらあまり何とも思わないけど
外の人から惰性のノリで言われるとちょっと違和感なんだな。

さらに、もし尊敬の意味なら目上の人に対して使うべき言葉だが
「お疲れ様です」を目上の人に対して使うかはちょっと考えもののような感覚がある。

ちょっと違う場面としては、メールの冒頭に「お疲れ様です。」が置かれることもある。
そして文末に「おつかれ~」がくることは、あまりないような気がする。
これ、対面コミュニケーションと全く違う。

うーん不思議。。。


…まぁよく考えるといろいろよくわからない言葉だけど、
とりあえず別れ際の言葉としてかなり定着していることは確かである。
「おつかれ~」の謎をしばし考えてから、教室を出るとき、
残ってる友人に対して僕の口から出た言葉もまた「おつかれ~」だった。
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by kan-net | 2005-10-20 12:10 | 何気ない
マイナスの原因
最近なんだかマイナスな日々が続いている。
ビールを飲んでみたりバカ騒ぎしてみたりして抜け出そうとしても
そう簡単に抜け出せるものではなかった。

それで、なぜこんなにもマイナスなのだろうかと考えていた。
そして今日、その原因がわかったような気がした。

Blogに記事を載せるということは世界に公開することを意味しており、
そんなところで僕の決定的欠陥?を書いてしまいたいとは思わない。恥ずかしいし。
今回はただ原因がわかった気がしてちょっとスカッとしたので
Blogにその事実だけ書きたいと思った。それだけのこと。

あ、ちなみに「多忙すぎる」は含まれていない。
確かに多忙すぎるのは神経をすり減らして様々な能力の低下を招くけど、
僕の欠陥はそんなもんじゃない。多忙は表層に過ぎない。
20年の人生のうち15年くらいをかけて築いてきた欠陥があるのである。

そのものズバリは書かないけど。

それで、原因がわかったところで、では解決策は、と言うと、
そこまでは未だ到っていない。
しかしこれまではなぜマイナスなのかも解らないまま
ひたすらマイナスな自分という人間が本当に意味不明だった、という経緯もあるので、
原因がわかった気がしているのはそれ自体が解決策かもしれない。
それにこれまでは「マイナスな自分」に煽られてますますマイナスになるって言う
「マイナススパイラル」に巻き込まれてたような気もするし。

とりあえずちょっとスカッとしたし、ブレークスルーは近いんじゃないか!?
と、今後の自分にちょっと期待。

さー盛り上げてこーかー。


ちなみにフィールド演習の記事も書いてみましたー。
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by kan-net | 2005-10-17 22:00 | 何気ない
SCの総括
昨夜ようやくSCのうだうだ記録を書き終えたということで、
その総括と今後の見込みをちょっと書いてみようと思った。

SCで得られたものたち。大きく三つ。

第一に、途上国に足を踏み入れるという経験。
カオスな交通や狭苦しいチープホテル、観光客をつかまえようとするタクシー、、、
主に首都ハノイにいたので「お前が見たのはまだ一部だ、甘い」と言われるかもしれないが
逆にその首都からは未成熟さの裏側にある大きな可能性を感じた。

第二に、勉強している国に足を踏み入れるという経験。
ADYFとしては1年半、僕個人としては3ヶ月、ベトナムのことを勉強してきた。
そしてこれからもADYFはベトナムの勉強を続けていく予定である。
机上だけでなく、実際に赴いて様々な側面を見ることは
学習効果を高め、また学習意欲を向上させるためにとても大切。

第三に、ベトナム人の友達ができたこと。
友達ができたというだけでも素晴らしいことだが、
文化が違う国に住む外国人の友達がいることはますます貴重な財産。
そしてこれから勉強していくにあたってベトナム人の友達と意見を交換して
互いの考えを深めていくことができる。


得るものは多く、そして大きかった。
そしてまた、多くの課題も見つけることができた。
前に書いたが、団体としてのまとまりやマネジメントの不備が明らかになった。
今後もADYFはベトナムと付き合っていく。
ベトナムじゃなくとも、アジアのどこかの国に照準を合わせ、
教室で勉強、また現地に行って勉強することは継続していくことは確かである。
そう考えたとき今回のSCで見えてきた様々な課題を改善していくことがとても重要となる。

今後の活動をより充実させていくため今ADYFは話し合いをしている。
様々な機会を活かし、より充実した活動を展開していきたいと思っている。
ADYFの活動、どうか応援してください。

(ADYFのHPは右側の「リンク」にも登録してあります。)
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by kan-net | 2005-10-16 11:00 | サークル
夏を振り返って
冬学期が始まってしまった。
まだSCの記事も最後まで書いてないのに…。

夏休みを振り返ると
測量学実習
インターン
ベトナムSC
マニフェストゼミ
フィールド実習
だったな。
おぉー。

と、こうやって振り返ると。
いちおう夏休みだったわけだが、休んだか?
いつも東奔西走してたかもね。
家族にはよく「生き急いでいる」と言われます。末っ子。

その瞬間その瞬間に手を抜きたくないというのが僕の信条。
だけどその結果としてあまりにも忙しくなっているのも事実。
これほど忙しくなければ、もっと暇を持て余していれば、
20歳の今しか得られない経験が自然に転がってくるかもしれないのに。

…なるほど。
そう言われると何かすごく損してる気分になるじゃないかオイっ!

でもとりあえずこの夏のイベントはどれも本当に楽しかった。
楽しくなかったものが一つもない。本当に。
だから、これはこれで良かったのではないかと思う。
「たら」「れば」を言い出せばキリがないけど、
今の段階では、楽しかった、良かった、と思えているのだから。

まぁこれからの生き方についてはちょっと考えていこう。
さすがに家族から「生き急いでる」と言われ続けたくはないな。説得力あるし。

て思っても今まで走り続けてた僕の習慣もあれば形成された環境もあって
果たしてどれほど生き方が変わっていくものやら。

とか書いてる時点であまり変える意志がないということ。
いや、でも、まぁ、何となく深層意識にはあるから。
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by kan-net | 2005-10-08 17:00 | 何気ない