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東海道五十三次 第十五日
東海道の旅、第十五日。旅も第三週に突入、そろそろ疲れが色濃く出てきた。

今回の旅はお尻が決まっている。2月16日土曜日のお昼ごろに京都の三条大橋に着くこと。そしたら昼には予想以上に大勢の人たちが到着式と祝賀会に出てくれて、夜には親友夫婦が一見さんお断りのハイソな肉料理屋へ連れて行ってくれることになっている。それに対して僕は今朝の時点で桑名におり、ここから三条大橋まではガイドブック上では四日間で行けることになっている。つまり一日半の余裕がある。この先はうまく時間を使いながら、これまでとは打って変わってのんびりした旅路を進めていこう。

旅程の計画において重要な要素となるのは宿である。第八日に金谷行を断念して島田に留まったように、ちょうど良いところに宿がなければ道を進めることはできない。今日の目的地としては距離からして第四十四の宿場、石薬師宿が良さそうだと目星をつけ、ネットで検索したところ川の向こう側に天然温泉付きのホテルが見つかった。そのまま予約し、安心して旅路を再開したのが朝9時55分。天気雨のぱらつく中、悠然とした出陣であった。

いよいよ疲れがずっしりと溜まってきている。前進はしているのだがスピードが上がらない。まあもうスピードを上げる必要はないので無理せず遅々とした前進を続け、午前12時55分、第四十三の宿場、四日市宿に到着。前の宿場からの距離は約12.5km、所要約3時間、歩数20812歩。宿場の遺構を探すも見つからず。

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天気雨は時おり天気雪に変わったりしながらパラパラと続いていた。思えば初日の朝も天気雪が舞っていたが、すでに二週間の時が流れて随分遠い昔のことのような気がする。のんびりゆるゆると旅路を続けて、午後4時25分、第四十四の宿場、石薬師宿に到着。前の宿場からの距離は約10.7km、所要約3時間、歩数19608歩。小さいながら文化遺産を大切にした小粋な町だ。

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さてここで今日はオシマイ、とホテルに向かう。途中までは東海道沿いを進むので、おやこれは次の宿場も近いのでは?と思ってアンドロイド先生で調べたところ、ホテルよりも宿場の方が近いと判明した。

悩んだ。今日は石薬師宿くらいにしておかないと旅程を進めすぎるし、予約したホテルは天然温泉つきだ。このままホテルに向かおうと東海道を離れる。しかし次の宿場がすぐそこだというのに東海道を離れていいのか、というか川の向こうのホテルでは宿場町のホテルとは言えないのではないか。もともと自己満足の旅だ、決められたルールなど何もないけど、わだかまりは残したくない。ガイドブックを見ると次の宿場の旅館が紹介されていて、電話してみると空室があった。ええいままよ。そのまま予約をお願いして、踵を返して東海道へ復帰。

既に陽はほぼ姿を隠し、気温も下がりつつあった。三連休を終えて名古屋方面へ戻ろうと渋滞している車列のライトに照らされながら国道一号線を西進。そして暗闇の中、ようやく午後5時55分、第四十五の宿場、庄野宿に到着。前の宿場からの距離(無駄足のなかった場合)は約2.7km、所要約1時間30分、歩数9335歩。

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さあいよいよ宿へ急ごう、とアンドロイド先生で位置確認をして判明したこと。それは今朝予約したホテルと先ほど予約した旅館は数百メートルしか離れていないご近所という衝撃の事実。この距離のためにキャンセル料を払うとは、なんという間抜け。しかも結局こっちも川渡っとるし、とがっかり。しかしまあ確かに庄野宿の宿としてガイドブックで紹介された旅館なので、それはそれで良いのだ、と自分に言い聞かせる。

旅館いすゞに辿りついたのが午後6時25分。すっかり遅くなってしまい、疲れた僕を待っていたのは…またもや場外戦を得意とする三重県民だった。

「すぐに晩御飯でいい?」と言うのでハイと答えたところ、ものの10分で持ち込まれた晩御飯。せっかくご用意いただいたので温かいうちにと思っていると、旅の目的や仕事について尋ねる女将。さらにヒートアップした女将はご自慢のご子息について、優秀な学業成績を収めたことや授業参観で間違ったクラスに行ってしまったエピソードなどを惜しげもなく披露。しばらくして女将が退散したと思ったら、今度はご主人が入ってきてご自慢のご子息について、巨大外資企業の内定を蹴ったことや彼に対して掲げてきた教育哲学を惜しげもなく披露。そのうち一緒にテレビを見始める始末。結局落ち着いて食事できたのはみんな料理が冷え切ってしまってからだったけど、心が温まっていたから美味しかったよ。とキレイにまとめてみる。


感想。疲れが溜まったことで歩きに力が入らなくなったのと、どうも頭の働きも鈍ってしまったようだ。宿の一件はちょっと衝撃だった。しかし信念を貫いたので、後悔はない!

それにしても三重県民はどうしてこんなに面白いのか。ぐいぐい来る。同世代の三重県民の友人たちはどちらかというと控えめで落ち着いた印象だが、親世代の彼らはぐいぐいと入ってきて必ずひとネタふたネタ披露していく。関西的ということか?この三重県民の特性については今後も引き続き観察していきたい。


本日の通過宿場:四十二、桑名宿(出発)~四十三、四日市宿~四十四、石薬師宿~四十五、庄野宿(到着)
本日の歩行距離:約36km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約8時間
本日の歩数:52433歩
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by kan-net | 2013-02-12 01:12 |
東海道五十三次 第十四日
東海道の旅、第十四日。ちょうど二週間目最終日となる今日は場外で思わぬ展開が。

昨夕辿りついた第四十一の宿場、宮宿。ここから次の宿場まではかつて七里の海路で結ばれていたが、今回の旅でその道程を辿ることはできない。ガイドブックによると陸路は「国道一号線をひたすら歩くので危険も多く勧められない」とあり、この区間にどう対処するかというのは実は旅を始める前からの悩みだった。昔の旅人も船に乗ったのだからと電車に乗ってしまうのはどうも気が進まないし、とはいえ危険が多い道を歩くのも避けたい。そこでネットで調べて判明したのが、代替路「佐屋街道」。海路の欠航および船酔い対策として整備された陸路が存在したのだ。さすが家光!その距離は…37.5kmだと…?

最近は右足付け根の痛みこそ和らいできたものの、両足の踵は接地しただけでも痛むし、左膝もジワジワきているし、両肩と背中はもうバリッバリである。そんな僕に、37.5kmもの最長不倒を歩けとおっしゃる。しかも東海道でもないのに、たった一つの宿場を進むために、だ。はっきり言って大変気が進まない!しかし昔も人によってはこの道を行ったと言うし、僕もどちらかというと酔いやすいタイプなので、ここは船酔いした気分で佐屋街道を行くことにした。朝8時15分に出発。

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行くと決めたら行く。素早く行く。素早く行きながら考えた。古の旅人達が十三日間で江戸から京まで歩いたというのがやはりどうも理解しがたい。そんな行程が本当に可能なのか?古の人々の歩き方は同側の手足を同時に出すナンバ歩きだったという話を思い出して、実践してみたがしっくりこなかった。

佐屋街道にも宿場町はある。しかし東海道の本線ほどは史跡としての保存や整備、展示がされていないようだった。ただ逆にいつもなら宿場町ごとに史跡を探したり写真を撮ったりするために時間を費やしていたが、今回はサクサクと道を進めるので旅路は順調だった。これと言って面白い出来事もないまま三重県に突入。川下には中部地方の雄、ナガシマスパーランドが見える。

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午後5時ちょうど、七里の渡しに到着。かつては宮の渡しからここまで船で来ていたのだな。僕も渡してほしかった。

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しばらく感慨にふけった後、午後5時15分、第四十二の宿場、桑名宿の跡を確認。前の宿場からの距離は約37.5km、所要約8時間15分、歩数55931歩。一つの宿場間とは思えない労力。

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そして午後5時50分、四日市屋旅館に投宿。普通はここで終わる。しかし三重県はここからが違った。

三重県出身の友人からの「その手は桑名の焼き蛤を食べるように」というメッセージを受け、旅館のご主人にお勧めの店を聞いてみた。「おすすめの店はありませんか。蛤とか食べたいです」という言い方が悪かったのだろう。ご主人、心当たりの店にすぐさま電話して空きを確認し、わざわざ連れて行ってくださった。入る直前に一言。「このお店、蛤はないんですけど、とても美味しいですから、ごゆっくり!」。やられた。

そこは完全に居酒屋。カウンターに7,8人座れる程度の地元密着型居酒屋。この旅の途中ではもとより、普段からこういった居酒屋に不慣れな僕としてはどうも身の落ち着かせどころがわからないが、ご主人が紹介してくださったお店を足早に立ち去るのも忍びない。そわそわしながら三重の日本酒三種おためし飲みなどしていたら、隣に来たおばさんに声をかけられる。「あなた、居酒屋来てなにケータイ触ってんのよ」。

そこからは逆隣りのじいさんや店の女将さんを巻き込んで居酒屋談義。居酒屋の魅力の話に始まり、やっぱり酒は止めらんねえ話、じいさんが富山に行こうとして福井に行ってしまった話(意味不明)。極めつけにおばさんが身の上話を切々と語り出してその目から涙が一筋流れたころ、逆サイドのじいさんは寝ていて、僕はここに居酒屋の粋を見た気がした。旅館に帰るとご主人が一言、「どうです楽しかったでしょう」。やられたよご主人。

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感想。東海道を逸れた佐屋街道の旅路は長かったが平坦で歩きやすく、思っていたよりすんなり歩き切ることができた。途中に宿場がないのは場所探しが不要なので良いけど、どうもメリハリがつかなくて退屈だなと思ったのも事実。

そして今回どうしても間の合わなかった愛知県とはそのまま別れてしまい、三重県からは熱烈な歓迎を受けた。まさかこんなところで居酒屋入門することになるとは。メインの「歩き」が終わった投宿以降の全てが予想外過ぎた。ちなみに居酒屋から帰って風呂に入ったら例のごとく畳の上でぶっ倒れてしまい、またこんな時間に日記を書くことに。これまた、やられた。


本日の通過宿場:四十一、宮宿(出発)~四十二、桑名宿(到着)
本日の歩行距離:約41km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約8時間35分
本日の歩数:58190歩
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by kan-net | 2013-02-11 04:24 |
東海道五十三次 第十三日
東海道五十三次の旅、第十三日。旅路は再度の節目に到達。

今日は土曜日。世間では休みしかも三連休というが、僕に休みはなく、今日も旅を続けなくてはならない。もう二週間も休みなく毎日歩いてるんだから、ちょっとは休ませてよね!と思いきや、冷静に考えると僕こそ贅沢な休みをまさに享受していて、その時間の遣い方として僕自身がこの超大型徒歩旅行の実施を選択したのであったよ。こんなに過酷な旅になるとは思いも寄らなかったけど…とブツブツ思いながら朝9時半に出発。

今日も天気は良好。気温は低めで風もあるが昨日ほどではない。昨晩の暗がりの中で僕をまいた岡崎城下二十七曲りもお天道様の下ではすべて明るみに出て、快調にリベンジを成し遂げ岡崎脱出に成功する。さらにハイペースで歩を進め、午前12時30分、第三十九の宿場、池鯉鮒宿に到着。前の宿場からの距離は約14.9km、所要約3時間、歩数20338歩。ちりゅう、と読むそうで、現在は「知立」と文字を替えている町。

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そろそろ昼食を摂りたいと思った僕に「すき家 1km先」の看板が目に入る。そういうので良いよ!とずいずい前進しようと思いきや、無情にも順路は半分も進まないうちに脇の小路へ逸れる。僕は空腹で力が出なくなったり機嫌を損ねたりするタイプではないしましてや美食家でもないので、基本的に昼食は順路からなるべく離れず簡単に摂ることにしている。結局、今日もコンビニで買い食いに…。どうも愛知県に入ってから間合いが悪い。

しかし来週の今頃には京に辿りつき、思いがけずたくさんの仲間たちが到着式に出席してくれて、じゃあせっかくだからと昼から祝宴を張って楽しく飲めや歌えやしている頃ではないか!そう考えると小さなことも気にならなくなった。ああ楽しみだなあ!

わくわくしながら大変趣深い有松の町も通り過ぎ、午後3時20分、第四十の宿場、鳴海宿に到着。前の宿場からの距離は約11.0km、所要約2時間50分、歩数18132歩。いよいよ四十番台に突入!

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ところで愛知県に入ってから、道標を見つけるのが難しくなっている。静岡県のスタイルと異なることもあるが、少々わかりにくいように感じる。 弥次さんと喜多さんを歩道に埋め込んだところで、気づかんて!

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また東海道とは別の名所案内標識なども当然あるわけで、これを見分けるのが難しい。ある道標とガイドブックの経路とがどうも異なる気がして立ち往生していると、近くの自転車屋のご主人が「どこ行きたいの?」と声をかけてくれた。愛知県の優しさに触れた瞬間だった。教えてもらった通りの道順で歩き、午後5時10分、第四十一の宿場、宮宿に到着。前の宿場からの距離は約6.5km、所要約1時間50分、歩数11577歩。

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そしてこのまま川辺へ。ここから次の宿場までは渡し舟に乗って海路を行くのだそうだ。しかし現在は季節もののイベントとしてたまにクルーズ船が運航するだけで、残念ながら現在は季節外。そんなわけで明日は東海道とお別れである。でも、しばらく違う道を歩いてみるっていうのも、僕らお互いの将来のために大切なことだと思うんだ。また会えると信じてる、だから、、サヨナラっ!

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感想。けっこう今日も長い距離を歩いたけど、天候にも恵まれて快調だった。ただ夕食後にベッドにぶっ倒れてしまい、日記が変な時間になってしまった。道が途切れる七里の渡しに立った時にはなんだか感慨深かった。僕も彼らのように海路を行きたいが、残念だ。

ところで今日で十三日目。昔の人たちは標準的に十二泊十三日で江戸から京まで歩いたというのだから、その健脚たるや驚異的である。


本日の通過宿場:三十八、岡崎宿(出発)~三十九、池鯉鮒宿~四十、鳴海宿~四十一、宮宿(到着)
本日の歩行距離:約37km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約8時間20分
本日の歩数:52816歩
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by kan-net | 2013-02-10 04:38 |
東海道五十三次 第十二日
東海道五十三次の旅、第十二日。今日は手加減抜きの愛知県さんのお仕置きを受けた。

フランス留学の合格通知が来てから一夜明けて、今朝はお礼や手続きのメールをギリギリまで書いた後、午前10時5分にようやく出発。寝不足もたたって身体は疲れているはずだが、気分が良いからであろう、軽やかに速やかに歩みを進める。この調子だったら出発遅れも簡単に取り戻せそうだな、むふふ、と思った僕に思わぬ逆風が。

そう、文字通り逆風である。僕の進路に全く逆行する方向で強い風が吹き付ける。まともに真っ直ぐ歩けないほどの強風。そして昨日とは打って変わった低い気温で、手袋をしないとものの一分で手先の間隔を失ってしまうほど。つらい。寒い。眠い。こんなコンディション、昨晩合格していなかったら絶対に前進できない!と思いながら、昨晩合格していたのでズイズイ進む。必ず最後にKANは勝つ!

強行軍を続けて午前12時35分、第三十五の宿場、御油宿に到着。前の宿場からの距離は約10.2km、所要約2時間30分、歩数16748歩。ごゆ、と読むそうな。

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さらに行くと素晴らしい松並木が姿を現す。松並木は街道のシンボルのようなものだが、ここの並木は路との距離感も良く、青空の中によく映えていた。

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そしてあっという間の午前12時55分、第三十六の宿場、赤坂宿に到着。前の宿場からの距離は約1.7km、所要約20分、歩数2130歩。

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早々に二つの宿場と美しい松並木を通過して気をよくした僕だったが、強い逆風は止むどころかさらに勢いを強め、ついに帽子が吹き飛ばされる。数十メートルの追いかけっこの末に回収できたが、その後、脱帽して歩みを進めることに。そしてそろそろ空腹なのだが目ぼしい飲食店が一向にない。午後2時を回っても何も見つからないので、業を煮やして町の小さな売店でメロンパンを買い、食らいつきながら歩く。旅が始まって以来初の買い食い。まさかこんな寒い日に屋内で食べられないとは…。

逆風がますます強く吹き寄せてくる。もはや手袋をしていても指先の感覚が怪しい。鼻水が出る。足も上がらない。どうしてまたこんなひどい仕打ちを。愛知県にどんな恨みを買うようなことをしてしまったのか思いを巡らせていると、ようやく午後3時25分、第三十七の宿場、藤川宿に到達。前の宿場からの距離は約8.8km、所要約2時間30分、歩数15691歩。

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藤川宿が小さな町で、泊まるところがあれば僕はそこで歩みを止めていたかもしれないよ。しかし幸か不幸か、そこに宿はなかった。さらに先へ歩を進める。日が傾くに従ってますます気温は下がり、路は影を広げていく。そして陽が沈む前に、僕は次なる宿場の「エリア」に辿りついた。あとは宿場の跡を探すわけだが…ここで最後の罠。

「岡崎城下二十七曲り」。岡崎城下に入ったら入ったで、そこから二十七回曲がってもらいますと。適当なところに道標を置いているので従いなさいと、そしたらあなたの行きたい旧東海道を通らせてあげますと。そういう話なのね。何のことだかわからず、道標を真剣に探していなかったら、あっさり道に迷ってしまった。陽が落ちる直前に何かアッタ!と思って駆け寄ってみると、なんか、違うし。

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これで一気に勢いを失ったところで陽が落ちた。冷え切った暗がりの中でテンションと体温も完全に下がりきって、それでもどうにか宿場の跡をと探し回っていたところ、ようやく!城下に入って約30分が経過した午後6時5分、第三十八の宿場、岡崎宿の痕跡に到達。前の宿場からの距離は約6.6km、所要約2時間25分、歩数14720歩。

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この後、二十七曲りの道標に再遭遇したため、宿の近くこれに沿って進むことにしたところ、再度道標を見失う。ここで気持ちを完全に失って、再び道標を求めることはなく午後6時45分、ビジネス山田旅館に投宿した。


感想。遅めながらもウキウキ気分で出発した僕だったが、完膚なきまで打ちのめされた。考えてもみれば僕が合格したからといって愛知県さん的には知ったこっちゃないのだ、それはそうだ。それにしても酷い仕打ちだけど。疲労の度合いが生半可でない。

明日は今日の最後の道標から歩き直そう。


本日の通過宿場:三十四、吉田宿(出発)~三十五、御油宿~三十六、赤坂宿~三十七、藤川宿~三十八、岡崎宿(到着)
本日の歩行距離:約37km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約8時間25分
本日の歩数:52992歩
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by kan-net | 2013-02-09 03:19 |
東海道五十三次 第十一日
東海道五十三次の旅、第十一日。旅も後半戦に突入。

昨夜の女将の「あなた歩いてるんでしょ?朝ごはん6時から出せますけど?」という誘導尋問に負けず7時に朝食をいただき、フランス語の勉強もしてから朝8時10分に出発。「明日また冷えるらしいよ、体調だけ崩さんように気をつけんとだめだよ」という温かい言葉に送られて今日もさらに西進する。

すぐ真横を東海道新幹線が猛スピードで走り抜けていく。これまで新幹線には何度となく乗ってきたが、今思えばその時には自分が「どこへ向かっているか」しか意識せず、途中に何があるのか、今どこを通っているのかにさして気に留めたことがなかった。古から無数の日本人が往来してきた東海道や宿場を、一瞬すらも視界に入らないようなスピードで通り過ぎていることに思い至ることなど全くなかった。今僕は歩いている。新幹線が2時間半で結ぶ距離を二十日間で歩いている。「自分の足で歩くからこそ見えてくるものがある」といった高尚な言葉はピンとこないけど、「自分の足で歩くからこそ自分のだいたいの居場所がわかる」とは思う。そして自分の好きな歩調で進み、自分の好きなタイミングで立ち止まることができる。

そして僕は午前9時15分、第三十一の宿場、新居宿の前に立ち止まった。前の宿場からの距離は約5.9km、所要約1時間5分、歩数6610歩。

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さらに西進。のどかな畑の中を松並木の東海道が続く。坂を上るとなぜかポルトガル語とスペイン語併記の看板があったりする。そのうち午前11時、第三十二の宿場、白須賀宿に到着。前の宿場からの距離は約6.5km、所要約1時間45分、歩数10454歩。趣深い建物が多く残ったこの町に一体どこぞの人が移り住んでいるのか気になるところ。

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そしてさらに旅路を進めたところに現れた、小さな小さな小川の向こうに掲げられた看板。そう、ついに別れの来たのだ。

ここまで十一日間のうちゆうに八日間を過ごした場所、静岡県。四日目に箱根峠の頂点で僕を待っていてくれたのが静岡県三島市だった。あそこから始まった獣への畏れ、意欲と体力を奪っていった雨、初めての転倒、そして温かい人々との交流、さわやか。元気に挨拶してくれたどまん中東小学校の下校生たちを僕は忘れない。七泊八日の思い出が走馬灯のように頭を胸を去来する。ありがとう静岡、また来るよ。

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そして僕は愛知県に足を踏み入れる。入った端から、大型車両がビュンビュン飛ばす国道一号線を黙々と歩かされる。なんだろう、新入りの度胸を試すためにちょっと脅かしてやろう的なやつなんだろうか。オマケに新幹線までまた間近を走り始めて、完全に「俺らスピード持ってんぞ」的な威嚇を一身に受けながらトボトボと歩き続ける。なんだろう、怖いところに来てしまったのかもしれない。

そしてようやく路が国道一号線を離れた時。ほっとしてしまったのだろう、ついつい無性に雉を撃ちたい気分になってしまって、茂みに入って過たず撃った。ひとしきり撃ち終わり、安心して茂みから出ようとした、その時!藪の中のトゲが左手にバッサリ刺さって、流血の惨事に。静岡で仕込んだ弾を放ったことがよっぽど気に食わなかったのだろうか。だからってそんなに刺さなくても…。本当に、怖いところに来てしまったのかもしれない。

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すっかり打ちひしがれながら午前12時40分、第三十三の宿場、二川宿に辿りつく。前の宿場からの距離は約5.7km、所要約1時間40分、歩数10001歩。白須賀宿にも増して趣深い建物が多く、写真を撮ろうとしていたらクラクションを思い切り鳴らされてしまった。愛知コワイ…。

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もう、大人しく歩くことに決める。もともと独り言も鼻歌もしないしラジオなども聞かずに静かに歩くタイプなのだけど、もうますます息を殺して気配を消して、写真なんかもあんまり撮らずにいそいそと歩く。そして午後3時30分、豊橋の繁華街に位置する第三十四の宿場、吉田宿に到着。前の宿場からの距離は約6.1km、所要約2時間、歩数12593歩。

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まだ日も高く、次の宿場を目指せそうな気もするが、ペース調整のため今日はこれにて打ち止め。午後3時45分、ジェントリーホテル豊橋に投宿。ジェントリーホテルて。と小さくツッコミを入れつつ、東海道沿いなので良しとする。


感想。七泊八日という長い付き合いだった静岡県とついに別れを告るときが来た。全体的にとても良い印象で、何よりも人々との交流に心が癒された。身体はこの区間で相当に痛んできたけど。けっこう静岡のことが好きになった八日間だった。そして始まった愛知県は少し勝手が違うみたい。でも、落ち込むこともあるけれど、わたしは元気です。


本日の通過宿場:三十、舞坂宿(出発)~三十一、新居宿~三十二、白須賀宿~三十三、二川宿~三十四、吉田宿(到着)
本日の歩行距離:約26km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約6時間45分
本日の歩数:40131歩


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なお!この日記を書いている最中にフランスからメールにて留学合格の知らせがもたらされた!大丈夫だろうと思いながらも「As soon as possible」で連絡すると言われてからの3週間は不安にもなり、すっきりしなかった。これで明日からはますます心も晴れやかに足取りも軽く歩けることだろう!まあ既に、方々に合格連絡などをしていたらド深夜になってしまったのではあるが。

なおフランス留学は、まず4月から渡仏して語学学習。8月末までにフランス語の能力を一定以上に引き上げることができたら9月からのプログラム本体に進むことができる。決して簡単な道のりではないが、東海道の情熱で乗り越えていこう。
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by kan-net | 2013-02-08 02:53 |
東海道五十三次 第十日
東海道の旅、第十日。半分の日程を終えて、半分ちょいの道のりを歩いた。

昨日、どまん中と書きながら冷静に調べてみると、宿場の番号として真ん中なだけであって距離としてはまだ半分には達していなかったのだった。半分地点はどうやら二十八と二十九の間あたりのようだと見当をつけて、朝8時20分に出発。今日も「午前雨、午後晴れ」の予報だったので、いそいそとレインウェアを着込んで西へ。ポツポツと降り出したころに午前9時50分、第二十八の宿場、見附宿に到着。前の宿場からの距離は約5.8km、所要約1時間30分、歩数9932。

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次の宿場への道のりは箱根路に次ぐ長距離区間ながら、箱根路のようなアドベンチャー感の演出は皆無。雨脚は降ったり止んだりと掴みどころがないが、さほど激しく降ることもなく。何か挙げるとしたら、数日前からやたら頻尿ぎみのため公衆トイレやコンビニのお世話になりがちなのだが、今日は初めて神社に踏み込んだということくらいか。「このへんのどこかが本物のどまん中」という意識すらも薄れたまま黙々と粛々と旅は進行し、午後1時30分、第二十九の宿場、浜松宿に到着。前の宿場からの距離は約16.4km、所要約3時間40分、歩数23397。

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ここで昼食。複数の静岡関係の友人たちから勧められたレストラン「さわやか」でげんこつハンバーグを頂く。うまい。そして外に出るとさわやかな青空が。完璧なさわやかっぷりである!

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腹ごしらえを終えてレインウェアも脱いだところで再び西へ歩みを進める。午後5時5分、第三十の宿場、舞坂宿に到着。前の宿場からの距離は約10.8km、所要約2時間45分、歩数19090。

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この宿場に到着した瞬間、辺りでは大音量のサイレンが鳴り始めた。そして告げられる「津波注意報」。なんのこっちゃ、地震でもあったの?歩き続けている身では何もわからないものである。それにこれまでの道中、オヤジ狩りにあった場合や獣に遭遇した場合などの様々な危機管理シミュレーションを重ねてきたが、まさか津波に襲われるシミュレーションはしていなかったぞと。とりあえず荷物を捨てて高台へという話だけど、今のこの足ではもうまともに走れまい、通りかかる車に頼んで同乗させてもらうのだろうか、いやーついに車に乗るのかー悔しい!などと考えながら、ここからどう動いたものかと暫し逡巡する。やがて、警報ではなく注意報だし、さわやかで予約しておいた宿も目と鼻の先であるとわかったので、ひとまず宿に身を寄せようと決して、宿に向かう。左手には美しき光景が。

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そして午後5時30分、旅館あみ住に投宿。入りしなに女将、「洗濯物あったら出した出した」と旅人の旅館ならではの心配りが嬉しい。いや、でも津波は…とか思う間もなく「お風呂いれてるから洗濯物出して入った入った」と追い打ち。郷に入っては郷に従え、宿に入っては女将に従え。お風呂に入り、上がったら食堂で夕食。同席した地元の方たちらしき三人組のおばさま達が備え付けのカラオケで熱唱を始め、三船和子の「だんな様」を歌いながら「お兄ちゃん、こういうお嫁さんを見つけなきゃダメェよお!」と絡まれる。面白いので四、五曲聞いていると女将が「ほらこの洗濯物もってって部屋で干しな!早くしないと乾かないから」と追い出される。乾燥機はないわけやね…と少し悲しいものの、宿に行っては女将に従う。


感想。半分の日程を終えて、半分ちょいの距離を踏破した。もう少し貯金があるかと思いきやせいぜい半日分くらいの時間・距離しか余裕がないというのはけっこう衝撃。昔の人たちは十三日間で京都まで着いたというのだから、もうなんていうか、なんも言えねえっす。

今日を含めてこれまでに数夜、ガイドブックを参考に旅人たち御用達の旅館に泊まっている。こういう旅館は旅人を家族というかご近所というか、とても近しい関係の人として自然に扱ってくれて、少し慣れないけれども居心地が良い。これら旅館に共通する謎は、どうも地元社会のオジサン・オバサンも泊まっているようだ?ということ。彼らは誰なんだろう、すごく地元っぽいのにどうしてここに泊まっているんだろう。地域コミュニティのありようが都会と少し違うのかもしれない。この旅の間に謎が解けるだろうか。

宿場、いよいよ三十番台に突入。


本日の通過宿場:二十七、袋井宿(出発)~二十八、見附宿~二十九、浜松宿~三十、舞坂宿(到着)
本日の歩行距離:約37km(GPS経路データより)
本日の歩行時間:約8時間20分
本日の歩数:53717歩
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by kan-net | 2013-02-07 00:47 |
東海道五十三次 第九日
東海道の旅、第九日にして、ついに半分まで到達した!まだ半分も残っているとも言える!

今朝は朝8時5分に出発して西へ。昔は船で越えたという大河、大井川を12分間かけて越えていく。よく考えると船で越えたということは、旅人たちはきっとその時は渡し守に任せて休んでいたわけで、何とも言えない不満を抱く。午前9時15分、第二十四の宿場、金谷宿に到着。前の宿場からの距離は約3.9km、所要約1時間10分、歩数8433。確かに宿はあまりなさそうで、昨日ここで泊まろうとせず正解だった。

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道を進めていくと、もうこの旅ではお馴染みになりつつある山道が始まる。そしてお馴染みの手加減抜きの急勾配。石畳の上を息せき切って歩きながら考えたのだけど、この一歩一歩を踏み出すコンマ数秒間隔のリズムのなかで、僕の目は地面の石の配置と形状を把握し、また頭は僕の身体の疲労度合や損傷度合いを把握したうえで、足を最も適切な位置に運び出しているのだ。これはまだまだ、ロボットに負ける時代は来ないなと確信した。ちなみにここの石畳は歴史を尊ぶ地区の住民たちの手により平成の道普請として再整備されたものとのこと。「素晴らしい」という思いと「余計なことを」という思いが胸を去来する。そして坂を上りきると一面に広がる茶畑。

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坂を再び下りて、午前11時10分、第二十五の宿場、日坂宿に到着。前の宿場からの距離は約6.5km、所要約1時間50分、歩数10375。

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なおこの本陣到着時、ちょうど西から東海道を歩いているというお方にばったり遭遇する(その方は月に二日間ずつ歩いておられるとのこと)。これまでに越してきた難所の情報交換や、案内の少ない地域だと迷っちゃいますよねという旅人あるあるトーク、そして最後には互いの旅の安全を願って握手での別離など。いやー旅人!

ずいずい道を進めて、午後1時10分、第二十六の宿場、掛川宿に到着。前の宿場からの距離は約7.0km、所要約2時間、歩数12848。

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そして今日の旅路で目指すのは残り一宿場となった。早く着いても次を目指さず今日はここで泊まることにしよう、そう決めて向かったのは第二十七の宿場。東海道の五十三の宿場のうち、東から数えても西から数えても真ん中となる、二十七。思い返せば初日、重すぎる荷物に押し潰されそうになりながら神奈川に辿りついた時にはどのタイミングで「父の危篤」を使おうかなどと思いを巡らせるほどで、ここまで来られるとは全く思わなかった。あれから荷物を減らして八日間、今や右足はまともに上がらず、肩も回らなくなってきているが、なんとかかんとか、ここまで歩き続けることができた。いやはや、大したものじゃないか!ここまで来たら最後まで歩き切りたいし、あるいはいつ「父の危篤」をくり出してもとやかく言われることのないところまで来たというものだ。

宿場が近づくに従って目につき始まる「どまん中」の文字。「どまん中小学校」や「どまん中薬局」、「居酒屋どまん中」など驚異的な「どまん中」押し。そしてついに!午後4時10分、第二十七の宿場、袋井宿に到着。前の宿場からの距離は約9.5km、所要約2時間10分、歩数16027。

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ちなみにこの「どまん中茶屋」は店主の体調不良のため本日休業。若干がっかりしながら東海道のどまん中で宿を確保。旅館たたみや。


感想。ついに、ようやく、どまん中に到達した。実際の距離としては二つ先の浜松の手前あたりが中間点になるようだが、そこも明日には通過する。半分。ついに半分を成し遂げたという思いと、まだ半分かよという思い。ここまでで既にひどく手負ってるけど、この先さらに執拗な追い込みを続けられたら京都に着くころにはボロ雑巾になっちゃってるんじゃないかと懸念される。まあ、見てみましょう。


本日の通過宿場:二十三、島田宿(出発)~二十四、金谷宿~二十五、日坂宿~二十六、掛川宿~二十七、袋井宿(到着)
本日の歩行距離:約32km(GPS経路データを元にGoogleEarthで計測)
本日の歩行時間:約7時間
本日の歩数:47853歩
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by kan-net | 2013-02-05 23:46 |
東海道五十三次 第八日
東海道の旅、第八日。二週目の幕開け。(全日程20日間の予定。)

朝8時15分、「午前雨、午後晴れ」との天気予報を参考にレインウェアを着込んで出発。趣ある古い街並みの集落を越えて、姿を現したのは宇津ノ谷峠。厳しい傾斜の山道に突入していく。

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しかし率直に言って、この程度で僕を脅かそうったって甘いわ!地図で見てこの峠の距離も知れているし、まだ午前中で体力も十分な僕を止めることなどできないのだ!ワーーッハッハッハ人がゴミのようだ!ほらもう下り坂で舗装道路が出てきたじゃないか!と思った途端、足を取られて転倒。どうやら路面が朝露で濡れて滑りやすくなっているようだった。まさか宇津ノ谷峠、人工物と自然力を一体化した罠を張ってくるとは…。餅をついたお尻をさすり、峠への畏怖をさらに深めながら恐る恐る坂を下った。そして午前10時10分、第二十一の宿場、岡部宿に到着。前の宿場からの距離は約7.8km、所要約1時間55分、歩数12680。なおもし昨夕のうちに丸子からここを目指していたとしたら、日が暮れたころにはまだ峠にいたことになる。改めて昨夕の判断の正しさを確認。

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ところで静岡県に入ったあたりから右足の付け根が痛みだし、今や浴槽に入る時など足を高く上げるには手で持ち上げる手負い生活を送っている。右は痛いが左はそうでもないので何故かと思っていたのだけど、この岡部あたりでたぶん謎が解けた。バックパックの外で唯一持っている一眼デジカメのバッグを左足の前にぶら下げていたので、歩くときに左足があまり前に出ず、その分を稼ぐために右足が頑張ってしまったのだろう。たぶん。ということでバッグを右に切り替えてみた。今のところ効果がありそうだ。バランスよく切り替えて負荷を減らしていくようにしなくては。このまま左まで痛めたら、お風呂に入るときに両足を持ち上げなくちゃいけなくなっちゃう。

そんな試行錯誤をしていたら雨が降り出した。最初はパラパラ、でも途中からしっかり降り出してきた。ひいひい言いながら午前12時30分、第二十二の宿場、藤枝宿に到着。前の宿場からの距離は約6.7km、所要約1時間50分、歩数12377。さすが藤枝、そこら中に「サッカー」の文字。宿場の写真は、もっとそれらしい標識がありそうな気もしながら、雨に耐えられずこれにて妥協。

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雨は降ったり止んだりを繰り返していたが、そのうち大降りが続くようになった。雨が降っていると本が開けない。本が開けないと順路が分からない。なのでわからないまま直感でしばらく進み、雨宿りできるところで本を開いては間違いと分かり、雨の中を引き返して経路修正するなどの過酷な時間が続いた。東京靴流通センターで買った自慢の靴は「4cmの水に浸けても大丈夫」のはずだったのだが、天から降ってくる雨には強くないらしく、次第に足先から体温が奪われていく構図に。そんなの聞いてないぞ!と嘆きながら歩き続け、午後3時、第二十三の宿場、島田宿に到着。前の宿場からの距離は約8.6km、所要約2時間30分、歩数14473。ちょうどこのあたりで雨が止む。

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ここで足を止めて考える。次の宿場はそんなに遠くないが、町が小さそうなので宿泊が難しいのではということで、島田宿の方々に対してヒアリングを実施。すると3名中の3名が「まーあっちには宿はないでしょ。こっちで泊まっていきな」と勧めくださり、さらにホテルも「ワンツースリーが良いわ」とこぞって推薦されたので、午後4時、HOTEL 1-2-3 島田に投宿。で今泊まってて悪くないというか普通に快適だけど、あの市民たちの揃いもそろったワンツースリー推しは一体何だったのか疑問が残る。株主なんだろうか。


感想。第二週目は雨で幕開け。けっこう本気な降り方をされてしまい、戦意と体温を喪失するなど。また不自由になった右足を庇うために今後は左足をいじめていこうと思っていることなど。旅の過酷さの滲む八日目だった。


本日の通過宿場:二十、丸子宿(出発)~二十一、岡部宿~二十二、藤枝宿~二十三、島田宿(到着)
本日の歩行距離:約28km(GPS経路データを元にGoogleEarthで計測)
本日の歩行時間:約6時間50分
本日の歩数:43232歩
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by kan-net | 2013-02-05 01:02 |
東海道五十三次 第七日
東海道五十三次の旅を始めて今日でちょうど一週間。僕は確かに一歩一歩前に進び、またその過程を通して様々なことを学んできているなあと実感している。

至れり尽くせりのおもてなしをしてくださったyurie038さん宅から旅を再開したのが朝9時50分。その時点ですでにスロースタートではあったが、「午後3時までに六本木(僕の経験上およそ6日間の距離)へ行けばいいからまだ時間あるよ」とか言っているyurie038さんと連れ立ってのんびり歩く。順路の分かりにくい分岐点では、一週間のキャリアを積んだ立場から「旅人のカンがこっちだと言っている」と決断して間違えたり、チェックポイントを見過ごして戻ったりと、かなりタイムロスしながら午前11時35分に第十八の宿場、江尻宿に到着。前の宿場からの距離は約4.1km、所要約1時間45分、歩数11179。

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ここでyurie038さんとはお別れ。遅れを取り戻すため先を急ぐ。この区間は鉄道線との交差が多く、新幹線がこれ見よがしに何度も視界を横切って行った。まったく憎たらしい。そして午後2時5分、第十九の宿場、府中宿に到着。前の宿場からの距離は約10.5km、所要約2時間30分、歩数15028。

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ところで府中宿は現代的に言うとまさしく静岡駅の正面一体のことを指している。つまり都会だ。僕は今日中にNHKラジオのフランス語テキスト2月分を買いたかったので、ここで本屋を探し回って購入。さらにここで簡単な昼食も摂ったのだが、同じ静岡でも都市部と地方部では人々の視線が違うもんだなと実感。

そして道を進めて午後4時25分、第二十の宿場、丸子宿に到着。前の宿場からの距離は約5.6km、所要約1時間30分、歩数13158。いよいよ二十番台に突入。ちなみに丸子の読みは「まりこ」。まりこまりお。

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ちょっと休憩をしてガイドブックを見ながら、次の宿場を目指すかどうか逡巡。ガイドブックには興津からならば同一日中に次の宿場まで行けると記載されているのだけど、また同時にこの最終区間7.8kmには山道があると記されていた。午前中をゆったりしたこともあり、この時すでに午後4時40分。あと1時間で日は暮れる。

思い出されたのはそう、三・四日目の箱根路の記憶。あの寒さ、暗さ、攻撃のえげつなさ、獣の気配…。思い出しただけでも泣ける!あれはまだ序盤ならではの勢いがあったから突破できたのであり、七日目を迎えた僕がまたあの頃のような猛々しさ一本で勝負したら、、今度はヤラレルかもしれない。ということで心は決まった。午後5時40分、やっと見つけた旅館のお宿若松に投宿。


感想。興津ですっかりくつろぎ旅程を少し苦しめてしまったものの、冷静に判断して丸子に投宿できたのはかつての道のりがあったからこそ。一週間歩き続けて学んだこと、それは身に迫るものとしての危険。僕はもともと東京から京都まで歩くという今回の旅路に対して「大変そう」としか思っていなかったのだけど、この旅路は「大変」と言うよりは「過酷」なものであり、また今回は旧東海道という人通りの少ない路が多いこともあって現代でも普通に危険が隣り合わせであると知った。二日目に通過した権太坂に「行き倒れた人を埋めた投込塚もある」というのをナンジャラホイと思っていたけれど、それが実話として確かに行われたのだろうと今は心から思う。昔は東京から京都への移動という行為が生死のリスクを背負ったものだったと確かに思うし、その点、昔と今では各個人の国や地域に対する意識であったり、何かをしようと思った時に背負うリスクの種類といったものがかなり違ってきたんだなと思う。

安全第一で旅を続けていきたいと思う、一週間の締めくくり。


本日の通過宿場:十七、興津宿(出発)~十八、江尻宿~十九、府中宿~二十、丸子宿(到着)
本日の歩行距離:約28km(GPS経路データを元にGoogleEarthで計測)
本日の歩行時間:約6時間50分
本日の歩数:42848歩
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by kan-net | 2013-02-04 01:48 |
東海道五十三次 第六日
静岡は、あったかい!

出発は朝8時50分。しとしとと雨の降る中、歴史ある鯛屋旅館の門を出たところ、ご主人が外まで見送ってくださった。どうもお世話様でした行ってきますーと述べて歩き去ろうとすると、僕の背中に向けて二つの石をカチカチと打ち鳴らしてくださる。旅の安全祈願なのだそうだ。あ、それはどうも、嬉しいですありがとうございます、行ってきますーと述べて再び歩き去ろうとすると、「あ、そこの最初の信号を左に曲がって、その先を次は右に行ってくださいね」と旅路のご指南。本当に、ありがとうございます、行ってきますーと述べてついに歩き去り、曲がり角の手前でふと振り返ると、数十メートル向こうでニコニコと会釈してくださるご主人。んもう、静岡、あったかい!

しばらく歩いていると、雨が止んで陽が差してきた。暑いので出発時に着込んだレインウェアを脱ぐ。そのまま歩きたいくらいの暑さだったのだけど、バックパックの容量の都合からダウンジャケットを羽織る。あとで見たニュースによると、今日の静岡は五月並みの暖かさだったらしい。静岡、あったかいっていうか暑い!

そして順調に午前11時40分、第十五の宿場、蒲原宿。前の宿場からの距離は約11.1km、所要約2時間50分、歩数…記録忘れ。

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由緒ある街並みを歩き続けると、あっという間の午前12時40分に第十六の宿場、由比宿に到着。前の宿場からの距離は約3.9km、所要約50分、歩数は吉原宿から合わせて23004歩。

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さあここから次の宿への途中で、ガイドブックにも大きく取り上げられている名所、薩埵峠へ。朝の雨雲はほぼ隠れたようだが、果たして薩埵峠から富士山は見えるのか。…見えた!ありがとう静岡!

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すばらしい眺めの静岡に感動して峠を下りていくと分岐点が。案内板がないので困っていると、通りかかったおじさんが道を教えてくれた。ありがたや。案内に従って道を進むと、すばらしいポスターに出会ったりと。

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すばらしいポスターに感動して道を進めると、興津出身のyurie038さんが駆けつけてくれて宿場を案内してくれた。午後4時、第十七の宿場、興津宿。前の宿場からの距離は約9.1km、所要約2時間30分、歩数13503。

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yurie038さんの実家が本陣のすぐ近くだったのでご家族にご挨拶していると、そのまま泊めてくださることになった。かつての宿場町の様子を紹介してくださったり、洗濯をさせてもらったり食事をごちそうになるなど。急に伺ったばかりなのに、とても温かいもてなしに感謝感激。


感想。静岡はいいとこだ。これまで静岡市と言えば県庁所在地で面積が最も大きい市として、第二位の富山市としてはライバルだと思っていたが、随分と、あたたかい。いいとこじゃないかと認識を改めた。

そして今日、初めて富士山が僕の背後に回った。これまでは前方あるいは側方で常に僕を勇気づけてくれた富士山。これからは振り返らなければ、彼を見ることはできないのだ。寂しく心細い気もするけれども、ここまできた僕ならこの先も乗り越えていけるだろう。


本日の通過宿場:十四、吉原宿(出発)~十五、蒲原宿~十六、由比宿~十七、興津宿(到着)
本日の歩行距離:約25km(GPS経路データを元にGoogleEarthで計測)
本日の歩行時間:約6時間20分
本日の歩数:36936歩
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by kan-net | 2013-02-03 01:37 |