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読書録:藤吉雅春「福井モデル 未来は地方から始まる」
最近、福井県出身の友人と県民トークをしていた時、「富山県民的には福井県にかつて住みよい県1位の座を奪われたことを今でも口惜しく思っている」なんて冗談めかして話していた(心は本気)。そして帰りの電車でKindleを見ていたら、電子積ん読していた「福井モデル」が目に入り、読み始めたら冒頭からこんなことが書いてあった。

バブル崩壊後の1992年から、旧経済企画庁は全国を対象に「住む」「働く」「癒す」「遊ぶ」「費やす」「育てる」「学ぶ」「交わる」の八つの分野について、計159項目の指標を使い数値を出して、毎年、都道府県別の幸福度ランキングが発表された。
99年までの7年間のランキングで、八項目それぞれの上位に必ず顔を見せたのが、北陸三県だった。「住みやすさ」で日本一の富山県は、94年に総合ランキングで一位になった。その後、福井県が5年連続総合一位を獲得。しかし、99年に、6年連続最下位だった埼玉県の土屋義彦知事(当時)が抗議したことにより、ランキングはこの年で廃止された。
(中略)
2011年に法政大学大学院の坂本光司教授と「幸福度指数研究会」が発表した、47都道府県幸福度ランキングでは、1位・福井県、2位・富山県、3位・石川県と、北陸三県がトップスリーを占める。
(中略)
地場産業が苦境にさらされながらも、こうした数字となって表れるその秘密とはなんだろうか。

ほう、未だに北陸三県はそんなに良い数字を出してたんだ、と思うと同時に、なんで未だに福井県に負けとるわけ?どういうこと?そもそも本のタイトルが「富山モデル」じゃなくて「福井モデル」なところが気に食わない!と思いながら読み進めた。

福井モデル 未来は地方から始まる 藤吉雅春、文藝春秋、2015年

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北陸三県、それも福井や富山といった地味で目立たない地域で、共働き率、勤労者世帯の実収入、出生率、学力、持ち家率など各種の幸福度指数が継続的に全国トップクラスになっている。この本はその背景にある特徴について、京都や大阪との比較も交えながら、インタビュー記録を中心に紹介している。

いろんな要素があってまとめきれないのだけど、大きなキーワードのひとつは「底つき体験」。もう抜本的にどうにかしないとダメだ、という体験。このキーワードをうまく表しているのが京都と大阪の対照的な例で、京都は明治維新による遷都という「底つき体験」を経て抜本的に町の仕組みの変革を行ったことで新しい地位を築くことに成功したものの、大阪は戦前に東洋一の商都であったところからズルズルとした下降線をたどりつつも「底つき体験」がなく、抜本的な変革を加えることができないまま今に至る。

福井県の第一の底つき体験は一向一揆に失敗したことにあるんだとか。ここで寺を失った僧侶を中心に学校のような機能の場所が始まり、学びの習慣が定着した。そして江戸時代には既に西洋の学問を取り入れるなど教育改革を熱心に行い、「中央の権力から遠い地域にあったから成立したとしか思えない」ような独自のスタイル、子供たちに自発的に学ばせ教師はサポートという「自発教育」のスタイルに繋がっていると。けっこう多くのページが福井県の教育について割かれているけど、「技術・家庭」の授業の内容や福井大学教職大学院など、なるほど確かに独自のスタイルを確立しているのかなという例が紹介されている。

僕としてはこの「中央の権力から遠い地域にあったから成立した」という部分が、文章の中で特にハイライトされていない気がするけれども福井や富山のもうひとつの特徴かなと経験的に感じた。冒頭の福井の友人とも「我々はとにかく地味」で意見が即一致したのだけど、徹底した田舎意識というか、ヨソはヨソ、ウチはウチ、どうぞお気になさらずに、ウチはウチでご迷惑かけないように生きていきますんで、的な。現実に各種指標で全国トップレベルの成績を達成していながら、いや何かの間違いじゃないですか、ウチなんて大したことないんです本当に地味なんです、とけっこう本気で思っているような、そういう県民性。(そうでない県民の方もおられると思いますが)

鯖江の「『奥さん、働いていないのなら、子供会の役員をやって』 専業主婦であることを周囲から珍しがられ、暇だと思われてしまうのだ」とか、富山市長の「そんなことを不公平だなんて言っていたら、すべてが停滞して、首長の政策なんて何もできやしない。(略)社会の仕組みそのものが平等じゃないのに、不公平を理由にしていたら何も進められないですよ」とか。目立つ地域では成り立たなさそうなことが、いい具合に隔絶された地域だからこそ下手にヨソを見ることなく「ウチのやり方」として自然と成り立っているのかなと思った。

キーになるプレイヤーの存在ももちろん外せない。どの組織の盛衰にも「個人」という要素が非常に大きな意味を持つのは当然で、本の中でも鯖江市や富山市のいろいろなプレイヤーが紹介されているけれども、富山市の場合は森市長がかなり上手くやったらしいということが見て取れた。注目されていることは知っていたけど、2010年以降、国内外から毎年400団体以上が富山市への行政視察に訪れていて、市長も2005年以降は毎年65回とか79回もの講演や討論会に招待されているらしい。やるなーという感じ。串とお団子!

読み終わって思うのは(読み終わったのも10日前とかだからあまりハッキリ覚えてない部分もあるが)、「福井モデル」は勤勉で思考力に富んだ子供を育てる教育システムや子育てしながらの共働きを当然とする文化、社長が多くかつ連携し合っている産業の構造など、長い地域の歴史が育んできた土台の上で成立していて、それがコンスタントに幸福度の高い地域を生み出しているようだということ。その点で「富山モデル」は本の中ではやや個人プレーの産物という印象を受ける描かれ方で、福井県ほどの土台があるのかどうか、市長が交代した後にどういう展開が待っているのかというところに少し懸念が残るような読後感。や、福井がなかなか凄そうだというのはわかったとしても、きっと富山の土台だってそんなに悪くないんじゃないかなあと思ったりもして。

さらにはこの本で殆ど実態の紹介されていない石川県も各種の指標で良い値を達成しているわけだから、この「北陸三県」が揃ってコンスタントに好成績ということについてもう少し解説が欲しかった気がする。東北、四国、山陰とか、(こう言っちゃなんですが)同じくらい底つき体験してそうな地域、田舎癖がありそうな地域は他にもある。北陸三県にまたがる共通の特徴は何なのか、その背景は何か、さらに他の地域でその模倣はどこまで可能なのかといったあたりまで整理されていれば、「北陸モデル」としてもう一歩進んで面白かったかなあとも思うのだった。

いや、でもたくさんのインタビューに基づいて面白い要素が紹介されていたので総じて面白かった。富山に帰ったら東岩瀬に行ってこよう。綺麗になってからたぶんまだ一回しか行ったことないんだよね。

以下、幾つかの印象に残った箇所の抜粋。(LocationはKindle)

「地方の自立で成功例が登場するのは、日本の辺境地域です。辺境は底つき体験をしているからです。底をつくことは再生に必要です。底つき体験とは、アルコール依存症の人に顕著な例です」(Location 464)

コンパクトシティとは、ゾーニング政策である。ゾーンをつくって、居住区に人を移していく。市長自身が「乱暴な政策」と言うが、引っ越した方が「便利」で「お得」と思ってもらうには、やはりデータと理屈が重要だ。(Location 711)

「今の市民の声を聞いて、それを政策に反映させるのは、ポピュリズムだ。三十年後の市民の声を意識しろ」(Location 859)

「好きな女がいれば、地球の裏側まで会いに行くだろ? 町もそういうものだし、ライトレールがそれをもっと可能にしたんです」(Location 1069)

「『世間は斜陽、斜陽というが、なぜ斜陽なのか。それは産業が最先端をいっているから、最初に斜陽になるだけだ』と」  業界全体は斜陽なのかもしれないが、生き残っている企業はむしろより強くなっている。(Location 1550)

「行政は最大のサービス業と言われ続けていますし、市民の皆さんは顧客です。しかし、顧客の皆さんは株主でもある。皆さんにも少しでもお手伝いをしていただきたい。これは〝顧客から協働者への変革〟なんです」(Location 1861)

知恵と刺激を外部から呼び寄せ、考案してくれた若者たちはその後も鯖江のために尽力する。他力本願と、それを受け入れる寛容さ。この組み合わせで町づくりを行っているのだ。(Location 1986)

人を育てるという試みは、相互障害状況と似ている。生徒がわからないのは、教えているのにわからないのではなく、生徒のことをわかっていないから伝わらないのではないか。(Location 2394)

「宿題というのは何の発見もないし、探究もありません。(略)しかし、宿題は重要なことを教えています。それは勤勉たれ、ということです。(略)勤勉さは結果を出してくれることを、みんな知っているのです」(Location 2441)

「なぜ福井なのか」と問われれば、こう答えている。常に何かが欠けているからだ。欠けているから、自助努力をして必死に埋めようとしている。長い歴史の中で常にそういう作業を繰り返しているから、まったく派手さもなければ成功モデルと言えるような目新しさもない。しかし、都道府県別ランキングで見られるようなトップレベルの数字を結果として残し続けている。(Location 2574)

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by kan-net | 2015-12-08 08:13 | 読書
読書録:福田昌史「0.3秒60点の世界」
日本で大学院生だった時(思えば8年前とかである)、研究室ミーティングというのが毎週あった。この時に先生が突然思いついたようにいろんな話を延々と繰り出すことがあり、けっこうその時間が好きだったのだが、これはその中で紹介された本。大学の講義にも来てくださっていた国土交通省出身の方の講義録を基に書かれたもので、先生がどのように紹介されていたのかは覚えていないが、この本のタイトルだけはやけに印象に残っていて、就職したある時、いよいよ購入した。だのにその直後に出張へ出るため友人に貸してしまい、以来そのままになっていた。最近になって思い出して、今回の帰国時に友人から返してもらって、フランスに持ってきて先日ようやく読んだのだった。5年越しとかである。長い。(この説明も長い。)


0.3秒60点の世界「幸せ多い国づくりへの実践」 福田昌史、社団法人全日本建設技術協会、2008年

0.3秒60点の世界



それだけ長く寝かせた後で読んでみてわかったのだけど、僕はまずこのタイトルの意味を誤解していた。「即座(0.3秒)に概ね(60点)の回答をすべし」というのはあっていたのだけど、てっきりこれは通常業務についての話だろうと思っていた。思えば会社員になってこの本を買おうと思ったのも、自分がいつも与えられたミッションについて最初からじっくり腰を据えすぎで瞬発力がないなあと思ったからだった。即座に概ねの画を描いて、それから細部の詰めや積み上げをすべし、そういうメッセージなのだろうと思っていた。

違った。この本で紹介されている「0.3秒60点」は、担当が違うからと言ってたらい回しにする「お役所仕事」をしてはいけない、自分の担当以外の内容でも即座に概ねの回答をしよう、という内容だった。本ではこの背景として、毎週のようにどこかで災害が発生して問い合わせが殺到した年だったという状況が描かれているけど、本のタイトルにもなっているこのメッセージは非常事態でなくても共通するものと思われる。

つまり大きく違っていたのは「誰の仕事か」という部分で、僕の思い込みでは自分の仕事しか考えていなかったが、本で書かれているのは自分の担当以外の内容についてで、そこで0.3秒で60点を出せという話だった。かなり、レベルが違った。

「60点くらいはすぐに出せるが残りの40点は次第に簡単には上がらなくなる」みたいな話(※)と混同していたのかもしれない。いずれにせよ自分の範囲で60点回答を即座に出せることは当然であるべきなのだろう、ずいぶん考えが甘かったものだなと反省した。書いてあることは尤もだと思ったので、これからはちゃんとこのタイトルの本来の意図範囲に意識を広げて、そこで即座に60点を取れるよう心がけていくことにしたいと思う。
(※このあたり、フランス企業でのインターン経験を通して、「クオリティ」と「時間」に関する日本とフランスでの考え方の違いみたいなものは少し感じたので、いずれ書きたいと思う。)

なお実は本のうち「0.3秒60点」に関する記述はごくごく一部に限られていて、他の要素がたくさん込められていた。以下、目に留まった箇所の抜粋。

およそ百年前の明治34年(1901年)1月2日及び3日付けの報知新聞に「二十世紀の預言」という記事が掲載されています。予測の前提は定かではありませんが、その多くは今日、現実のものとなっています。例えば、『無線電信及電話…マルコニー氏発明の無線電信は一層進歩して只に電信のみならず無線電話は世界諸国に連絡して東京に在るものが倫敦、紐育にある友人と自由に對話することを得べし』という予測がされており、現代では国際電話、さらには携帯電話の普及により、世界中の人々と対話することができるようになっています。(P.11)

『この世で最も尊ばれるべきことは、金を残すことでもなく、名誉を残すことでもなく、後世の人々に幸せを導く遺り物(社会基盤施設)をすることだ』という社会基盤施設を造るということが、非常に高度な意思決定であるということを意味している言葉です。これは札幌農学校二期の学生で、クラーク博士に師事し、明治、大正の教育界に影響を与えた人格者である内村鑑三氏の言葉です。(P.21)

災害が各地で頻発し、問い合わせが殺到するような状況で、いわゆる「お役所仕事」では不適切な対応と言わざるを得ないのです。このため、筆者が課の職員に求めたものは、「0.3秒60点」というものでした。私からの質問に対し、即座(0.3秒)に概ね(60点)の回答をしてほしい、内部外部を問わず問い合わせが殺到するなかで、「これはどうなっているのか?」という問いに対し、「これはこうなっています」という回答がすぐに出てくる組織であって欲しい、緊張感を持って仕事をしてほしいということを簡単で分かりやすい標語として示したものです。通常、技術者の仕事は、ラインで担当が決まっていますが、自分のライン以外の事柄(仕事)に対しても関心を持ち続けてもらい、少なくとも誰に聞けばその回答に近づくことができるのかを分かっていて欲しいという願いもあったからです。(P.43)

柔構造樋管の第一号施工は、新技術の現場への円滑導入のために建設省(当時)が制度化していました技術活用パイロット事業として実施されましたが、100名を超える見学者の眼前で、ボックスカルバート間の継手部が次々と破壊されていく場面に直面したのです。(略)このような失敗もしましたが、新しい技術を確立・定着させるには必ず躓きがあるものだから、失敗して悄気ることはなく、それを乗り越えるだけの度量を持つことが肝心であると強く思いました。(P.65)

基準やマニュアルは策定した日から常にメンテナンスが必要であるということです。(略)一昔前は、革紐綴じの法令集や基準書を普通に見ることができましたが、これは基準や規定が日進月歩で絶えず変わっていくことを前提にして、内容が変わればそのページ分だけを更新し、新たな動きに応答していく極めて合理的な仕組みを備えていました。(略)現在、土木分野の基準類の大半は書物となったため、変更する数ページのためだけに改訂版を作ることが難しくなりました。(P.70)

『法に叶い、理に叶うとも、情に叶うものでなければ、真の地元住民からなる理解と協力を得ることは出来ない。』という名言をご存知でしょうか。昭和48年に完成した筑後川(九州)の松原・下筌ダムの建設に際し、「蜂の巣城紛争」として後世に伝えられるダム反対運動を展開した室原知幸氏の言葉です。(P.73)

オーストリアの社会心理学者フリッツ・ハイダー(Fritz Heider, 1896~1988)は「ハイダーのバランス理論」として次のように説いています。三者の関係の良しあしをプラス(+)とマイナス(-)で表現した際に、この三者関係(三角形の三辺の(+と-)属性)の掛け算の積がプラス(+)になる場合には安定(均衡)した状態であり、マイナス(-)となれば三者の関係は不安定(不均衡)な状態であると定義します。(P.112)

「リスキー・シフト(Risky Shift)」や「コーシャス・シフト(Cautious Shift)」といった、いわゆる「集団極性化現象(Group Polarization)」の発現にも十分な注意が必要です。会議などの集団で意思決定を行う場において、声高に主張する人の意見などに引きずられ、自らが決定していた(考えていた)意見より、より大胆でより危険な方向へ意思決定がなされてしまったこと(リスキー・シフト)や、その逆に、より保守的でより安全な方向へ意思決定がなされてしまったこと(コーシャス・シフト)を経験されている方も数多くいるはずです。(P.114)

総じて言えば、危機管理時の指揮官に最も大切なことは、難局に対処した時でも努めて凶報を平静に聞くということ、すなわち、悪い情報に強い人間であるということです。これは平時においても同様であり、危機時の指揮官に求められる大きな条件となるのです。(P.119)

技術の世界は、いかなる場面においても躊躇ない判断というものが求められ、判断を躊躇していると物事はどんどん悪い方向へ流れて行ってしまうことがよくあります。読者の皆さんも多くの経験があるかと思いますが、理論解が得られるまで判断を待てるということは非常に少なく、建設技術者の技術に裏付けされた主観で判断を迫られることの方が多いくらいです。建設現場で必要とされる判断もそうですが、制度設計や制度改革などで要求される判断についても同じことが言えるのです。建設技術者に求められる技術というのは、これまでの経験や知識に裏付けされた判断力、総合技術にあると言っても過言ではありません。(P.147)

自らの人生で被告席に座るということを率先して人生経験の中に組み込む人はいないと思いますが、筆者は裁判で「被告席」に座すことが一度だけありました。昭和49年9月の多摩川水害に係る裁判です。この裁判では国側(河川管理者)の堤防決壊という水害に対する「予見可能性」が争点となり、当時の治水の考え方である堤防と堤防に挟まれた河道の中で河川の安全性を如何に確保し、河川管理者はどこまで責任を取るべきかというものでした。(P.177)

その教えは、まずは、技術とは一体何かということについて、技術は進化し、固定的な考え方で技術を捉えるものではないとする哲学を叩き込まれたものでした。ですから、基準やマニュアルに筆者が関わるときには、基準やマニュアル通りでは簡単には了解せずに、いくつもの方法を考え、それらを使っても良いという技術的判断ができて初めて使うことにしたのです。もう一つは、技術者は何事にも最善を尽くすということ、悔いを残さないようにしてやり遂げるということで、自らその事象に対峙し、どこに問題の所在があるかを見つけ、それをどのように改善していくかということに最善を尽くすことが大切であるというものでした。諦めずに悔いのないようにしよう、技術には不変なものはなく進化するものだというような、おぼろげではありますがそんな想いを教えられたことが想起されます。(P.182)

「技術の世界は、いかなる場面においても躊躇ない判断というものが求められ~」(P.147)の箇所は、前に読んだ「技術屋の心眼」にも非常に通じるものがあると思われた。(読書録:技術屋の心眼
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by kan-net | 2015-05-27 03:42 | 読書
読書録:星野道夫「旅をする木」
実はフランスへ渡航する前に前職の先輩から頂いていたのだけど、到着してからはフランス語の勉強だのなんだのに忙殺されて結局一部しか読めないまま持ち帰ってきた本。先日ようやく落ち着いて読めました。

星野道夫「旅をする木」文春文庫 1999年

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アラスカに生きた写真家の星野さんが行く先々でいろんな風景や動物や人々に出会って思ったことを記した本。とても豊かな本でした。

特に印象的だったのは「悲しみ」をとても大切に描き出していること。あまり聞きなれないメッセージなのだけど、実はどこかで既にわかっている気のすることが、表現されているのかなと思った。

以下、引用。

「世の中には二種類の人間がいるだけだと、いつか誰かが言っていた。奇妙で、面白い人生を送る人々、そしてもうひとつは、まだ会ったことがない人々」

「私たちは、カレンダーや時計の針で刻まれた時間に生きているのではなく、もっと漠然として、脆い、それぞれの生命の時間を生きている」「自分の持ち時間が限られていることを本当に理解した時、それは生きる大きなパワーに転化する可能性を秘めていた」

「人生はからくりに満ちている。日々の暮らしの中で、無数の人々とすれ違いながら、私たちは出会うことがない。その根源的な悲しみは、言い換えれば、人と人とが出会う限りない不思議さに通じている」

「ぼくが東京で暮らしている同じ瞬間に、同じ日本でヒグマが日々を生き、呼吸をしている…確実にこの今、どこかの山で、一頭のヒグマが倒木を乗り越えながら力強く進んでいる…」「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている」

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by kan-net | 2015-02-10 22:46 | 読書
読書録:E・H・カー「歴史とは何か?」
大学時代の恩師から渡仏前にいただいた本を、長い期間かけてようやく読み終えた。
恩師が若いころ、考え方の変わるきっかけになったという本。

歴史とは何か? E・H・カー(翻訳:清水 幾太郎)、岩波新書、1962年

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考え方が、確かに変わった。あるいは曖昧に抱いていた感覚を少し確認し発展できたというべきか。

全て僕たちは歴史の産物であり、その中で形成された価値観を抱いて生きているのであって、超越的な見地・価値観に辿り着くことなどない。では僕たちは何を為すべき・為すことができるのか?大きな歴史の中の小さな存在としてただ流れに乗っていくことしかできないのか?
為すべきこと、為せることは、歴史の産物でしかない自分を認識しながら、時代の意志を実行していくこと。既に時代によって形成されている僕たちは、今はまだそれを表す言葉を知らないにしても、今というこの時代の意志・要請を感じとることはできているはず。僕たちが為すべきことは、過去と未来を見つめることで現在の意志を把握し、具現化して、実行していくということ。
同時にそのような自分の非普遍性を認め、未来からの評価を甘んじて受け入れる覚悟と準備をしなくてはならない。過去から現在そして未来へと、価値観は常に変遷し続ける。それを踏まえて、決して普遍的にはなり得ない現在という時代を大胆に実行していくということ、これこそ僕たちが為すべきことなのだろう。


以下、本文より抜粋。

「正確は義務であって、美徳ではない。」(ハウスマンの言葉の引用・7ページ)

「われわれが読んでいる歴史は、確かに事実に基づいてはいるけれども、厳密に言うと、決して事実ではなく、むしろ、広く認められている幾つかの判断である。」(バラクルー教授の言葉の引用・14ページ)

「無智は歴史家の第一の要件である。無智は単純にし、明瞭にし、選び、捨てる。」(リットン・ストレーチの言葉の引用・14ページ)

歴史とは議論の余地のない客観的事実をできるだけ多く編纂することだ、と考える十九世紀の異端説(15ページ)

これらの文書は、何が起ったかを私たちに語っているのではなく、ただ、シュトレーゼマンが起ったと考えていたこと、彼が他人に起ったと考えて貰いたかったこと、恐らくは、起ったと彼が考えたかったことを語っているに過ぎません。(21ページ)

全体として、歴史家は、自分の好む事実を手に入れようとするものです。歴史とは解釈のことです。(29ページ)

歴史家は、歴史を書き始める前に歴史の産物なのです。(55ページ)

人間は必ずしも―というより、一般に―自分が完全に意識している動機、自分が進んで認める動機に基づいて行動しているものではありませんから、無意識の動機、あるいは、本人が認めない動機への洞察を排除しようとするのは、全くわざと片目を閉じて仕事を始めるようなものです。(67ページ)

「ある時代の偉人というのは、彼の時代の意志を表現し、時代の意志をその時代に向って告げ、これを実行することの出来る人間である。彼の行為は彼の時代の精髄であり本質である。彼はその時代を実現するものである。」(ヘーゲルの叙述の引用・76ページ)

「歴史とは、ある時代が他の時代のうちで注目に値いすると考えたものの記録」(ブルクハルトの言葉の引用・78ページ)

「われわれは自分の方法を意識しながら進んで行かねばならない。われわれは蓋然的で部分的な仮説を徹底的に検査して、いつも今後の訂正の余地を残すような暫定的な近似値で満足しなければならない。」(ジョルジュ・ソレルの言葉の引用・87ページ)

イヴァン・カラマーゾフの有名な無関心のポーズは飛んでもない間違いであります。われわれは社会の中へ生まれているのですし、歴史の中へ生まれているのです。われわれは、いかなる場合にも、受け取るもの自由、拒否するのも自由な入場券を差し出されているのではありません。(118ページ)

真面目な歴史家というのは、すべての価値の歴史的被制約性を認める人のことで、自分の価値に超歴史的客観性を要求する人のことではありません。(122ページ)

すべての歴史に関する議論というものは、諸原因における優越性という問題の周囲を回転しているのであります。(132ページ)

理性的存在としての人間の本質は、人間が過去の諸世代の経験を蓄積することによって自分のポテンシャルな能力を発展させて行くところにあります。(168ページ)

未来だけが、過去を解釈する鍵を与えてくれるのです。(182ページ)

「その時まで、人々は、自分たちが求めているものが自由であるとは知らなかった」(フランス革命について、アクトンの言葉の引用・202ページ)

どんな発明にしろ、どんな革命にしろ、どんな新技術にしろ、歴史の流れのうちで発見された限り、肯定的な面と共に否定的な面を持っていたということです。いつでも犠牲は誰かが払わねばならないのです。(218ページ)

科学者の中には、それが破滅的に用いられ得る、いや、用いられたという理由で、自分たちが原子力解放の方法および手段を発見したことを後悔している人たちさえいます。しかし、過去において、こういう苦情が新しい発見や発明の進行を食い止める役を果たしたためしはなく、将来も果たしそうもありません。(219ページ)

人間現象における進歩というものは、もっぱら、人間が既存の制度の断片的改良を求めるにとどまることなく、理性の名において現存制度に向かって、また、公然たると隠然たるとを問わず、その基礎をなす前提に向って根本的挑戦を試みるという大胆な覚悟を通して生まれて来たものであります。(232ページ)

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by kan-net | 2014-07-25 09:04 | 読書
読書録:技術屋の心眼
昨晩、数カ月ぶりに読書の時間が取れて、
ずっと途中までしか読めずにいた本をようやく読めました。

技術屋の心眼 E.S. ファーガソン(翻訳:藤原良樹、砂田久吉)、平凡社、1995年
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工学系の人は読むと良いと思う。
工学系じゃない人も、読むと良いと思う。
みーんな、読むと良いと思う。

私の感想。

最近の、地に足がついてないという感じとか、もがいてるわりに進歩がない感じとか、
それは結局、五感が磨かれていないのに理屈を振り回そうとしてるからかな。

大学を出て仕事をしながら感じることは、
理屈で解決できることもたくさんあるけど、理屈で解決できないことはもっとたくさんあって、
「判断」をしなくてはいけない場面が無数にあるということ。
「理論」や「システム」は幻想で、社会は実のところいつでも生身の人間の集合であって、
その人間たちの無数の判断によって社会が形成されているということ。
理屈、科学や理論はその判断の助けにはなるけど、なされる判断の多さ、大きさに比べると
まさに「助け」以上のものではあり得ないということ。
理屈は説明責任のために用いられることの方が多く、
本当の判断はそれらとは別のところでなされるということ。

「判断する能力・センス」がとても大事で、この獲得のためには、
応用力や問題解決力といったキーワードを掲げているだけではきっとあまり意味はなくて、
モノの仕組みについての直接的な経験を通した五感を養うことが必要。なのだ。
この五感が、そうか、今の自分には圧倒的に不足しているってことね。

というあたりが、感想。かな。
はい。以上。

以下、本文より抜粋。

(前略)これは現代の俗説の一つであり、そうした俗説は、技術に携わる人々が我々の住んでいる世界を形づくるに際して、科学的とは言えない多くの決定――大きなものも小さなものも――をしていることを無視している。(序・5ページ)

本書の基礎をなす議論は次の点にある。すなわち言語によらない学習という工学における貴重な遺産を無視した教育は、無数にある微妙な点――そこでは、現実の世界は教授が教えてくれた数学的な世界とは異なっている――については恐ろしいほど無知な学生を生み出してしまうだろうということである。(序・7ページ)

その複雑さ、とらえにくさにもかかわらず、またきちんとした線図に乗らないにもかかわらず、技術分野における設計は、予測可能な道筋に従っている。その道筋の本質が、CADや望まれていた設計の科学なるものによって変えられることはないであろう。コンピューター利用による確実性というのは幻想であり、設計がうまくいくのに必要とされる人間の判断の量や質を変更するものではない。(58ページ)

コンピューター・プログラム――利用できる問題の種類はますます多くなっている――を利用する場合、設計者は小さな細かい決定を全て、経験を積んだ設計者というよりは「巧みな工学的科学者」といったほうがはるかに近いプログラマーに委ねてしまうことになる。膨大なコンピューター・プログラムの中にある判断や決定の要点をすべて明らかにすることは、不可能ではないとしても困難である。けれども、これらの小さな決定が、設計が成功するかどうかの死命を制することもありうる。(59ページ)

いずれにしても、設計には、その形式がどうであれ、常に仮定と判断という問題が存在する。全ての仮定を明確にすることはできない――暗黙裡の知識や言葉にはならない(そして言葉では表せない)判断があまりにも多すぎる――がゆえに、過程や判断、そして決定(大きなものも小さなものも細かいものも)を、工学的科学のみならず現実をも学んできた設計者の手に委ねるのが大切なのである。デイヴィド・ビリントンが忠告しているように、「二十世紀後半の技術者はすべからく、コンピューターをよく理解していなければならないし、設計者はすべからく、自分たちの基礎である構造物の経験に代えてコンピューターに頼ることのないようにしなければならない」(60ページ)

「目と指――何もはめていない指だ――は、技術者が扱わなければならないあらゆる材料と作業についての信頼できる知識を得るための、二つの主たる取入れ口なのである。それゆえ、私は、手袋をはめたがる若い技術者を信用しない。手袋、とりわけ仔羊革の手袋は、技能の知識の完全な不導体ですらある」。(73ページ)

創造性を誘発するのに、設計者にとって一連のテクニック(中身は空だ)よりも大切なのは、現行の実際のやり方と製品についての知識、そして、技術プロジェクトや工業プラントの現場での観察を通じて得られた、直接の体験に基づく知識と洞察を蓄積していくことである。(85ページ)

「理論的な計算はめったにできるものではなく」、「理論についてのあらゆる話にもかかわらず、それらの方法は本質的に経験的なものである」(197ページ)

技術者は、技術分野でのほとんどすべての失敗が、誤った計算よりも誤った判断の結果であることを常に思い起こさねばならない。(242ページ)

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by kan-net | 2012-04-09 01:32 | 読書
虞美人草
夏目漱石さんの「虞美人草」を読んだ。

ついこないだ「安土往還記」を読んだばっかりじゃないか!やっぱり読書家ね!!

と思われがちだが(←誰にだ)
実は虞美人草はこちらに到着した1月20日から読んでいたので
1ヶ月以上かかった。




以下、夏目漱石さん『虞美人草』より印象的だった節を抜粋。
(こういうの、著作権とかで問題あるでしょうか。あるようだったら、ご指摘いただけると幸いです、すぐ消します。)


不都合な状況に追い込まれたご都合主義者・小野さんの気持ち。

進んで自然の法則を破る程な不料簡は起さぬ積である。然し自然の方で、少しは事情を斟酌して、自分の味方になって働いて呉れても好さそうなものだ。[夏目漱石「虞美人草」より]

わかるわーー小野さん、わかるわーーー。


そんなご都合主義者・小野さんに更なる危機が訪れる(自ら危機を招いてしまう)。
そこに駆け付けた宗近君の言葉。

「こう云う危うい時に、生まれ付きを敲き直して置かないと、生涯不安で仕舞うよ。いくら勉強しても、いくら学者になっても取り返しはつかない。此処だよ、小野さん、真面目になるのは。世の中に真面目は、どんなものか一生知らずに済んでしまう人間が幾何もある。皮だけで生きている人間は、土だけでできている人形とそう違わない。真面目がなければだが、あるのに人形になるのは勿体ない。真面目になったあとは心持がいいものだよ。君にそう云う経験があるかい」

「なければ、一つなって見給え、今だ。こんな事は生涯に二度とは来ない。この機をはずすと、もう駄目だ。生涯真面目の味を知らずに死んでしまう。死ぬまでむく犬の様にうろうろして不安ばかりだ。人間は真面目になる機会が重なれば重なる程出来上ってくる。人間らしい気持がしてくる。―法螺じゃない。自分で経験して見ないうちは分らない。僕はこの通り学問もない、勉強もしない、落第もする、ごろごろしている。それでも君より平気だ。うちの妹なんぞは神経が鈍いからだと思っている。成程神経も鈍いだろう。-然しそう無神経なら今日でも、こう遣って車で駆け付けやしない。そうじゃないか、小野さん」

「僕が君よりも平気なのは、学問の為でも、勉強の為でも、何でもない。時々真面目になるからさ。なるからと云うより、なれるからと云った方が適当だろう。真面目になれる程、自身力の出る事はない。真面目になれる程、腰が据る事はない。真面目になれる程、精神の存在を自覚する事はない。天地の前に自分が儼存していると云う観念は、真面目になって始めて得られる自覚だ。真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくっちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が達者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつけて始めて真面目になった気持になる。安心する。実を云うと僕の妹も昨日真面目になった。甲野も昨日真面目になった。僕は昨日も、今日も真面目だ。君もこの際一度真面目になれ。人一人真面目になると当人が助かるばかりじゃない。世の中が助かる。-どうだね、小野さん、僕の云うことは分らないかね」[夏目漱石「虞美人草」より]


宗近君…かっこええーーーーーーーつえええええーーーー



真面目。真剣勝負。人間全体の活動。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつける。

自分は真面目が取り柄と思っていた。
だけど、そういう意味で「真面目」になる機会が、減ってきている気がする。
このブログなんてまさに口が達者に働いているだけみたいなものだし。



時々真面目になるようにしよう。そうして平気で生きていこう。



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昨日もアンマンではデモがあったそうだ。
このところ毎週続いている反政府デモに対して政府側も手をこまねいている
わけにもいかず、昨日のデモでは政府から参加者にコーラやスプライトといった
ソフトドリンクがふるまわれたらしい。みんなハッピーだった、とドライバーの話。
平和だ。



ヨルダン出張のこり3週間。
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by kan-net | 2011-02-27 07:21 | 読書
読書家じゃないけど読書
今日は少し頭痛がしたので読書をした(途中もう少し経緯あるけど省略)。

読んだのは辻邦生さんの「安土往還記」。
午後から読んで、一気に読んだ。

このところあまり本を読んでおらず、こちらに来てから読み終えたのはやっと2冊目。
1冊目の「甘い生活」(島地勝彦さんちょ)は短いエッセイ集。
眠る前にちょっとずつ読んでいて、書きくちも軽妙なのでとても楽しめたのだけど、
今日のように一気にバッツリまるっと読むのも、なんとも言えず爽快!

という具合に「爽快!」と思ったその瞬間、読書家としての新しい人生が開けたような
そんなのは気のせいだと思います。



会社の先輩に進められた「背教者ユリアヌス」を読んで辻邦生さんが一気に好きになり、
言葉の箱」を読んで辻邦生さんにますます惚れて、
今回の安土往還記に至る。

自分はこれまでてっきり夏目さんが好きだと思っていて、
司馬さん村上さん山崎さん遠藤さん川端さん塩野さん浅田さんカミュさんドフトさん
並み居る文豪たちに心惹かれながらもしかし夏目さんへの思いが強かったのだけど、
辻邦生さんがなんだかバチッとはまる。
今「好きな文豪は」と聞かれたら迷わず辻さん。

といってもそれぞれの方の本をたくさん読んだわけでもないのだから
そんな並み居る文豪の方たちを比較して好き嫌いを言える立場にないだろ、
だから読書家でもないのにこんな読書ブログを書くのは嫌だったんです。




浅田次郎さんも好きだなぁ。
出張時の機内、JAL機内誌の浅田さんのエッセイは毎度の楽しみにしている。
そういえばこのエッセイは「つばさよつばさ」って文庫版も売り出されてるんだった。
買ってみよう買ってみよう。そうしようそうしよう。

と、今やオンラインで本を購入できてしまうご時世なので
海外出張の間に読みたい本をまとめて15冊ほど注文しておき、家に届けておいて、
帰国したら荷物に詰め込んで次の出張先で読むという悪徳読書が横行しています。
なにが悪徳って、出張に全部は持っていけないから5冊ほどの代表選手を選ぶことになり、
残りの10冊は自宅に居残りして次のチャンスを虎視眈々と待つわけだが
やっときた次のチャンス時にはまた新たな選手が15冊ほど加入してしまって競争激化、
中には控え組のまま何シーズンも棒に振ってしまう選手たちも出てきてしまうわけです。
「飼い殺しか!」「先発で使え!」とフロント批判の声が聞こえてきそうです。

今回は10冊程度にしておこう。





僕もいつか本を書いてみたいんだ。
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by kan-net | 2011-02-19 07:11 | 読書
本を読む
思えば我が人生、読書とはほぼ無縁であったけれども
ここ2年間ほどは少しずつ読書するように心がけていて、
今こう、左隣にある本棚を見ると、
なるほど本がけっこう立ち並んでいる。

今視界に入っている中で面白かったような印象があるのは、

・「吾輩は猫である」 夏目漱石
・「武器よさらば」 ヘミングウェイ
・「国づくりのコンシェルジュ」 土木学会

あれ、あんまりないな。
ということで視界にないものも引きずり出してきてみると

・「ガリヴァー旅行記」 スウィフト
・「こころ」 夏目漱石
・「老人と海」 ヘミングウェ
・「異邦人」 カミュ
・「カラマーゾフの兄弟」 ドフトエフスキー

あれ、なんだか何か忘れているような。
ああ貸し出し中のもので

・「代表的日本人」 内村鑑三
・「峠」 司馬遼太郎


そうか
やはり夏目漱石が好きだったのか僕は。
福沢諭吉より樋口一葉より野口英世より、やはり夏目漱石。

およびヘミングウェイ。
および司馬遼太郎。


まだまだ世の中には読んだことのない本が無数にあって、
自分にとって面白い本がどこにどう隠れているかわからない。
もっともっと読んでいこうではないか。
思いを新たにした文化の日。


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高校時代の友人が結婚して、二次会に参加させてもらってきた。
おなつかしや!みんな大人になっちゃって
僕なんかはほとんど皆と連絡を維持できてなかったのに声をかけてもらって、
本当に嬉しかったです。

お幸せに!


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11月末から出張が入りそうです。
行き先はカンボジア。主に首都プノンペンでたまに国境ポイペト。
物流円滑化のための道路計画の基礎調査で、
期間は未定。2週間程度かもしれないし、1ヶ月間以上になるかもしれない。

年末年始どこにいることになるか、今の段階では見通したたずですが
決まったらまたここで書こうと思う。
巷で噂のハリキリ通信も再び配信が始まるかも?よろしかったらご期待ください。
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by kan-net | 2009-11-03 23:37 | 読書
夏目漱石「吾輩は猫である」を読んだ。

言わずと知れた名作。
ひとつひとつの話が別に連続しているわけでもなかったので
常に鞄にしのばせておいて、電車に乗っているときなどに読んだ。
ただしそのペースだといつまで経っても読み終わりそうになかったので、
最近意を決して最後まで読むことに決め、昨夜ようやく読み終わったのだ。
結局読み始めてから半年くらいかかったことになる。
しかし読み終わってすっきりした。

猫の目線によって描き出される話の展開の仕方が絶妙。
全編を通して人間や社会への皮肉に満ちている。
人間はアホじゃないのか、と。
猫の目にもわかるバカバカしさがなぜわからんのだ、アホか、と。
「猫」が執筆されたのは今からだいたい百年前だけど、
漱石が皮肉の対象としたバカバカしさは今も着実に受け継がれているようだ。
でなければこの本を面白おかしいと感じるはずがない。

面白おかしいといえば、猫ならではの仕草の描写も面白かった。
例えば見モノだったのは、餅に噛みついて窒息死しそうになったときの猫の思考展開。
慌て苦しみ、何とか逃れようとしっぽをぐるぐる振ったり耳を立てたりねかしたりした後に、
「考えてみると耳としっぽは餅となんらの関係もない。要するに振り損の、立て損の、ねかし損であると気がついたからやめにした。」
一刀両断。
こういう描き方が出来るあたり、やはり凡人とはかけ離れた、
千円札に用いられてしかるべき逸脱した能力というものか。
僕も千円札に採用されるためには動物の目線くらい身につけたほうが良いかもしれない。

話の結びかたが衝撃的だった。
足掛け半年これだけ読んできてこんな終わり方かと、唖然としてしまった。
ただしこの結びかたに対して何らかの不平不満を言ったところで、
猫にしてみればバカバカしい不満であるということなのだろう。
「本の結びなんぞについてかくも熱心に不平不満を論うほど、人間というのは暇で仕方がないらしい。」
と言われそうだ。


かくなるうえは千円札に、いや一万円札に採用されたい。
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by kan-net | 2008-08-27 21:05 | 読書
司馬遼太郎の小説「峠」を読んだ。

幕末の長岡藩士・河合継之助にスポットをあてたお話。
時代の大波に押し切られそうになりながら、
芯でもって自分の魂を保ち、不退転の覚悟で物事に臨み、
広大な世界観を持ちながらも七万四千石という弱小の長岡藩と命運を共にし、
というよりも長岡藩を道連れにして、
長岡藩と共に滅びていった人の、お話。

ついさっき読み終わったばかりなのでまだ整理がついていないけれども、
なかなかどうしてすごい男である。と思った。

いちいち一貫している。
途中、反論する人を説得しきれずに蟄居させたあたりはどうかと思ったけど、
途中、反論する人の気をオルゴールで静めようとしたあたりもどうかと思ったけど、
その当時のその時勢においてやるべきと考えたことはすべてやっているのであって、
やはり一貫している。
命は使うべきときに使わないと意味がないという考え方や、
藩主に「おそれながらお考えがお浅うござる」と言うとか、
やりすぎなほどに一貫している。

やるなぁ。やるなぁ河合継之助。
思わず「つぎのすけ」と打って「継之助」と変換できるように登録してしまったよ。

今の世に河合継之助が生きていたらどう考え、どう動くのだろう。
ひょっとすると、今の世には継之助は出てこられないのかもしれない。
前々から思っていたのだけど、幕末という国家の強烈なゆがみの瞬間に
思想や文明や人物がかなり弾けるように飛び出てきたのは
いったい、なんだったんだろう。

もんもん

もんもん

ともあれ継之助の生き方、態度、姿勢は大いに参考になった。
継之助は首尾一貫して美しき政治家であり美しき武士であり続けた。
すごい男だ本当に。

同時に忘れてはならないのは、彼が最後に敗れたことで
巻き込まれた長岡藩にも不幸が降りかかったということ。
これだけの才能と意思、姿勢、覚悟を持っていたために、
自ら一藩を一身に背負い、また一藩もその一身に命運を託すしかなかった。
計画が全てうまく運べば継之助は英雄であったろうと思う、しかし上手くいかなかった。
結果として継之助は非難されざるを得ない。
その後の長岡が混迷を極めたことで、継之助は少なからぬ人の恨みを買い、
墓は何度となく荒らされてきたという。
継之助にしてみれば、荒らされてもきっと「さもあろう」といったところだろうが。

・・・

我が人生何をか為さんということを考えさせられた。
就職して働き始めてからもう一度読もうと思う。



ちなみにこの「峠」を読むきっかけは、約2週間前に長岡技術科学大学に見学に行って
時間が余ったときに長岡駅の近くにあった河合継之助記念館を訪れたこと。
その時に先生から「何かの縁だと思って読んでみたら良いよ」と薦められて、読んだ。
読み始めたら一気に読んでしまった。
ああ、何も知らずに記念館を訪れたもったいなさよ。
きっと今度また機会があったら、再び記念館に行こうと思う。
そしてガットリング砲を見て、塵壺を見て、慈眼寺の嘆願書を見よう。
そして時間が許せば継之助を象徴する様々な「峠」にも行ってみたいものである。
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by kan-net | 2008-08-23 00:53 | 読書