司馬遼太郎の小説「峠」を読んだ。

幕末の長岡藩士・河合継之助にスポットをあてたお話。
時代の大波に押し切られそうになりながら、
芯でもって自分の魂を保ち、不退転の覚悟で物事に臨み、
広大な世界観を持ちながらも七万四千石という弱小の長岡藩と命運を共にし、
というよりも長岡藩を道連れにして、
長岡藩と共に滅びていった人の、お話。

ついさっき読み終わったばかりなのでまだ整理がついていないけれども、
なかなかどうしてすごい男である。と思った。

いちいち一貫している。
途中、反論する人を説得しきれずに蟄居させたあたりはどうかと思ったけど、
途中、反論する人の気をオルゴールで静めようとしたあたりもどうかと思ったけど、
その当時のその時勢においてやるべきと考えたことはすべてやっているのであって、
やはり一貫している。
命は使うべきときに使わないと意味がないという考え方や、
藩主に「おそれながらお考えがお浅うござる」と言うとか、
やりすぎなほどに一貫している。

やるなぁ。やるなぁ河合継之助。
思わず「つぎのすけ」と打って「継之助」と変換できるように登録してしまったよ。

今の世に河合継之助が生きていたらどう考え、どう動くのだろう。
ひょっとすると、今の世には継之助は出てこられないのかもしれない。
前々から思っていたのだけど、幕末という国家の強烈なゆがみの瞬間に
思想や文明や人物がかなり弾けるように飛び出てきたのは
いったい、なんだったんだろう。

もんもん

もんもん

ともあれ継之助の生き方、態度、姿勢は大いに参考になった。
継之助は首尾一貫して美しき政治家であり美しき武士であり続けた。
すごい男だ本当に。

同時に忘れてはならないのは、彼が最後に敗れたことで
巻き込まれた長岡藩にも不幸が降りかかったということ。
これだけの才能と意思、姿勢、覚悟を持っていたために、
自ら一藩を一身に背負い、また一藩もその一身に命運を託すしかなかった。
計画が全てうまく運べば継之助は英雄であったろうと思う、しかし上手くいかなかった。
結果として継之助は非難されざるを得ない。
その後の長岡が混迷を極めたことで、継之助は少なからぬ人の恨みを買い、
墓は何度となく荒らされてきたという。
継之助にしてみれば、荒らされてもきっと「さもあろう」といったところだろうが。

・・・

我が人生何をか為さんということを考えさせられた。
就職して働き始めてからもう一度読もうと思う。



ちなみにこの「峠」を読むきっかけは、約2週間前に長岡技術科学大学に見学に行って
時間が余ったときに長岡駅の近くにあった河合継之助記念館を訪れたこと。
その時に先生から「何かの縁だと思って読んでみたら良いよ」と薦められて、読んだ。
読み始めたら一気に読んでしまった。
ああ、何も知らずに記念館を訪れたもったいなさよ。
きっと今度また機会があったら、再び記念館に行こうと思う。
そしてガットリング砲を見て、塵壺を見て、慈眼寺の嘆願書を見よう。
そして時間が許せば継之助を象徴する様々な「峠」にも行ってみたいものである。
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by kan-net | 2008-08-23 00:53 | 読書
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