仕事を通して人について考えた
この記事、ものすごぉく長くなりました。
もとは「Social Experience」のはずだったんだけど…


~~序章:Social Experience~~

インターン3日目の昨日から、いよいよ「お仕事」らしいことをしている。
昼まではずっとCADやダムの勉強だったんだけど、それ以降やっているのは
某県、某ダムの基本設計会議(受注者が発注者に設計の説明をする)の資料作成。

これ、なんとも大変なのだ。
前の記事で「厚さ20cmはあるだろう」と書いた分厚い資料は
施工計画の報告書で、測ったら結局17cmだったんだけど、
この最後の方のおよそ60ページを熟読して重要な部分を抜粋、
資料のフォーマットに落としていくのである。
とは言っても僕は土木を勉強し始めてまだ1年のぺーぺー。
もちろん実践の場なんて今回初めて覗いたわけで、ほぼ全てが知らない言葉。
何が重要で何が重要でないかなんてわかるわけないのであって…。
ここで参考として投入されたのが我らが富山県の某ダムの会議で使われた資料。
これ、厚さは7センチほどかな。測ってないけど。
ただしこちらは全てA3サイズの用紙を使用。横幅とってくるよ!

というわけでオフィスの僕のデスクには(それらしい言葉の羅列)
・A4×17cmの報告書
・A3×7cmの会議資料
の二冊がどっかと置かれていて、座ったままじゃちゃんと読めないから
たまに起立しながら仕事している。


それにしてもこの二冊、見ていて非常に感心する。
一つのダムを作るためにこんなに考えてるんだなぁ~って。
自分が今仕事で書いている部分を守秘義務に抵触しない程度に紹介すると、

コンクリート打設設備を選択する過程だけでA3用紙を40枚くらい。
そこには投入する設備、例えばトラックとかクレーンとかの、
様々な組み合わせが検証されている。
一つひとつのパターンについて作業能率・タイムライン・コストなどの算定をして、
どのパターンだと何年何月までにいくらかかってどこまで進むか、全部見て、
どれにするかを決める。

すごいなぁと思う。本当。
だって、そんなに検証して決めたのは設備の組み合わせ。それだけ。
工事用道路のルートやその作業タイムラインとか、
決めなくちゃなんないことは山のようにある。
てか、僕のデスクにある17cmの資料は単に施工計画の報告書であって、
ダム形状やコンクリート配合の検証は全く含まれていない。また他の資料になるわけだ。
ひとつのダムを作るためにどれほどの苦労があるか、と思うと、
ものすごく感心した。


談合を始めとする不祥事が相次いで発覚、建設コンサルタントが虐げられる時代。
だけど彼らは確実に人々の生活を支えているのである。
「そりゃあの人たちは仕事だから」と切り捨てることもできよう。
彼ら自身も同じく思っていて、誇らしい自覚など持たないとも大いに考えられる。
しかし実際、支えている。
そのことを忘れてはいけないと思う。


~~ようやくじわじわ本章:Philosophy~~

今、「人は互いに支えあって生きている」が頭に浮かんだ。
支えあう関係が社会のあらゆる部分に存在している。
道路を作る人がいる、食べ物を作る人がいる、洋服を作る人がいる、
あらゆる人間が何らかの役割を果たすことで社会が回っている。
もし誰も役割を果たさなくなってしまうと、
誰もが自分で食べ物を作り、服を作り、外に出歩く必要性もなく、
テレビなんてものも放送されず家にいても退屈で、てか食糧生産に必死で、
なんなんだこの人生。ってなる。
とうに縄文時代には集団生活が存在していたって話にも納得。
人間は支えあうべき、支えあわなければやっていけない生き物。

建設コンサルタントに対する不信。
それ以上に政治家に対する不信。もはや失望。
小中学校の校門は閉ざされ警備員が立つ。
「NEET」や「振り込め詐欺」という言葉が蔓延。


ひとつ、以前に読んだ井上靖の「孔子」という本に、

「人の言(こと)」と書いて「信」

について孔子が何やかや弟子たちに話をする部分がある。
人の根源に通じてる気がして、ハッと思わさせられるような話。
…だった気がするんだが忘れてしまったので、
思い出しながらこの字を改めて解釈してみると。
(思い出しつつも飽くまで自分の解釈なので批難も賞賛も僕のもとへ。)

 人の言は信ずべきものである。
 逆に、人であればその言には信がなければならない。
 言語という能力を持つ生物である僕たち人間は、普段から何気なく言を発しているけど、
 そこには人として生まれた以上は守らねばならない「信」という決まりがあるのだ。

ということになるんじゃないかな。
で。どうなんだろうね、今のこの世の中。
人の言を信じられる?
信ある言を発してる?
おそらく誰もが同じ答えを出す。書いてる僕も。

そんな世の中にしたのは人。
そんな世の中を望まないのも人。
そして世の中を変えられるのもまた人。
「他人」と書いて「ヒト」と読むことがあるけど、
そんなあなたも「ヒト」なんだからその習慣は不適切だと思う。

さて、人はこれからの世の中をどうしていこうか。
ちょっと考えてみたほうが良いよね。




と。


なんて長い記事なんだ!
明日も仕事だと言うのに!!時間ないのに!!
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by kan-net | 2005-08-11 17:45 | 学業
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