塊になった。
若かりし頃の話を続けます。

僕、模倣好きなんですよ。
それは今でも言えることであって、基本的にはチャンスを探し出して頻繁にやってます。
最近は友達の「仲間の盛り上げ方」を真似てます。これがまた良いんだ。
まぁしかしここではもっと若かりし頃の話を綴るんで。


小さい頃からいわゆるオノマトペってやつ好きで。
よくそこらじゅうの音を真似て遊んだものです。
小学校低学年あたりで言っていた覚えがあるのは
・レーシングカーが通り過ぎる音
・競馬の馬が通り過ぎる音
中学生のときに
・マナーモード設定された携帯が机の上で鳴らすバイブ音
もマスターした。


同じ流れで?演技も好き。
その人になり切るのが楽しくて楽しくて。

小学四年生の時に学習発表会で「神通川の歴史」に関する劇をすることになって、
そこで外国人お雇い技師のヨハネス・デ・レーケを演じたりした。
(今思うと僕が土木の道に進むのもこの時に決まっていたのかもしれない。)
台詞は短かったんだけど、「外人を演じる」ということに大変興奮して、
ものすごい気合を入れて演じていたような覚えがある。


こうなってくるともちろん音読も好きなんだよね。
ものっすごい感情込めて読んでみたり。

さぁてここからが本題です。

中学国語の暗唱の話は一昨日書いたけど、
「中学国語」といったらもう一つ忘れられないことが一つあって。
それは。
ヒロシマ神話」(嵯峨信之)音読。
(ヒロシマに原爆が投下されて多くの人が命を落とした、その不合理さを著した詩である。
戦争について述べるつもりの記事ではないので転載はしないが、一読されると良い。)

この音読課題は、全員に課せられた。
古典と違って覚えなくて良い。順番も席順で、大して何事もなく終わるはずだった。
のだが。

前の休み時間に何度も練習して、友達からも通りがかりの先生からも
「うまいね!感情入ってて雰囲気も出ててステキ!」
と言われ、これまた天狗になっていた僕。
本番。

冒頭でまずちょっと噛んでしまった。
それに動揺したのだろうか。すぐに続く部分。

(死はぼくたちに来なかった)
(一気に死を飛び越えて魂になった)
(われわれにもういちど人間のほんとうの死を与えよ)


たいへん感情の入る部分である。
が。
僕は全身全霊の感情を傾けつつ、こう言ってしまったのだ。。。

「一気に死を飛び越えてになった!」



はい、一昨日の暗唱の記事を書いててこの最後のエピソードを思い出して、
それを書きたいと思ったというだけの理由でこの長い記事を書いてみました。

何を隠そう、その台詞を言い放った直後にカタマリになったのは僕自身でした。
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by kan-net | 2006-01-27 17:54 | 何気ない
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