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読書録:藤吉雅春「福井モデル 未来は地方から始まる」
最近、福井県出身の友人と県民トークをしていた時、「富山県民的には福井県にかつて住みよい県1位の座を奪われたことを今でも口惜しく思っている」なんて冗談めかして話していた(心は本気)。そして帰りの電車でKindleを見ていたら、電子積ん読していた「福井モデル」が目に入り、読み始めたら冒頭からこんなことが書いてあった。

バブル崩壊後の1992年から、旧経済企画庁は全国を対象に「住む」「働く」「癒す」「遊ぶ」「費やす」「育てる」「学ぶ」「交わる」の八つの分野について、計159項目の指標を使い数値を出して、毎年、都道府県別の幸福度ランキングが発表された。
99年までの7年間のランキングで、八項目それぞれの上位に必ず顔を見せたのが、北陸三県だった。「住みやすさ」で日本一の富山県は、94年に総合ランキングで一位になった。その後、福井県が5年連続総合一位を獲得。しかし、99年に、6年連続最下位だった埼玉県の土屋義彦知事(当時)が抗議したことにより、ランキングはこの年で廃止された。
(中略)
2011年に法政大学大学院の坂本光司教授と「幸福度指数研究会」が発表した、47都道府県幸福度ランキングでは、1位・福井県、2位・富山県、3位・石川県と、北陸三県がトップスリーを占める。
(中略)
地場産業が苦境にさらされながらも、こうした数字となって表れるその秘密とはなんだろうか。

ほう、未だに北陸三県はそんなに良い数字を出してたんだ、と思うと同時に、なんで未だに福井県に負けとるわけ?どういうこと?そもそも本のタイトルが「富山モデル」じゃなくて「福井モデル」なところが気に食わない!と思いながら読み進めた。

福井モデル 未来は地方から始まる 藤吉雅春、文藝春秋、2015年

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北陸三県、それも福井や富山といった地味で目立たない地域で、共働き率、勤労者世帯の実収入、出生率、学力、持ち家率など各種の幸福度指数が継続的に全国トップクラスになっている。この本はその背景にある特徴について、京都や大阪との比較も交えながら、インタビュー記録を中心に紹介している。

いろんな要素があってまとめきれないのだけど、大きなキーワードのひとつは「底つき体験」。もう抜本的にどうにかしないとダメだ、という体験。このキーワードをうまく表しているのが京都と大阪の対照的な例で、京都は明治維新による遷都という「底つき体験」を経て抜本的に町の仕組みの変革を行ったことで新しい地位を築くことに成功したものの、大阪は戦前に東洋一の商都であったところからズルズルとした下降線をたどりつつも「底つき体験」がなく、抜本的な変革を加えることができないまま今に至る。

福井県の第一の底つき体験は一向一揆に失敗したことにあるんだとか。ここで寺を失った僧侶を中心に学校のような機能の場所が始まり、学びの習慣が定着した。そして江戸時代には既に西洋の学問を取り入れるなど教育改革を熱心に行い、「中央の権力から遠い地域にあったから成立したとしか思えない」ような独自のスタイル、子供たちに自発的に学ばせ教師はサポートという「自発教育」のスタイルに繋がっていると。けっこう多くのページが福井県の教育について割かれているけど、「技術・家庭」の授業の内容や福井大学教職大学院など、なるほど確かに独自のスタイルを確立しているのかなという例が紹介されている。

僕としてはこの「中央の権力から遠い地域にあったから成立した」という部分が、文章の中で特にハイライトされていない気がするけれども福井や富山のもうひとつの特徴かなと経験的に感じた。冒頭の福井の友人とも「我々はとにかく地味」で意見が即一致したのだけど、徹底した田舎意識というか、ヨソはヨソ、ウチはウチ、どうぞお気になさらずに、ウチはウチでご迷惑かけないように生きていきますんで、的な。現実に各種指標で全国トップレベルの成績を達成していながら、いや何かの間違いじゃないですか、ウチなんて大したことないんです本当に地味なんです、とけっこう本気で思っているような、そういう県民性。(そうでない県民の方もおられると思いますが)

鯖江の「『奥さん、働いていないのなら、子供会の役員をやって』 専業主婦であることを周囲から珍しがられ、暇だと思われてしまうのだ」とか、富山市長の「そんなことを不公平だなんて言っていたら、すべてが停滞して、首長の政策なんて何もできやしない。(略)社会の仕組みそのものが平等じゃないのに、不公平を理由にしていたら何も進められないですよ」とか。目立つ地域では成り立たなさそうなことが、いい具合に隔絶された地域だからこそ下手にヨソを見ることなく「ウチのやり方」として自然と成り立っているのかなと思った。

キーになるプレイヤーの存在ももちろん外せない。どの組織の盛衰にも「個人」という要素が非常に大きな意味を持つのは当然で、本の中でも鯖江市や富山市のいろいろなプレイヤーが紹介されているけれども、富山市の場合は森市長がかなり上手くやったらしいということが見て取れた。注目されていることは知っていたけど、2010年以降、国内外から毎年400団体以上が富山市への行政視察に訪れていて、市長も2005年以降は毎年65回とか79回もの講演や討論会に招待されているらしい。やるなーという感じ。串とお団子!

読み終わって思うのは(読み終わったのも10日前とかだからあまりハッキリ覚えてない部分もあるが)、「福井モデル」は勤勉で思考力に富んだ子供を育てる教育システムや子育てしながらの共働きを当然とする文化、社長が多くかつ連携し合っている産業の構造など、長い地域の歴史が育んできた土台の上で成立していて、それがコンスタントに幸福度の高い地域を生み出しているようだということ。その点で「富山モデル」は本の中ではやや個人プレーの産物という印象を受ける描かれ方で、福井県ほどの土台があるのかどうか、市長が交代した後にどういう展開が待っているのかというところに少し懸念が残るような読後感。や、福井がなかなか凄そうだというのはわかったとしても、きっと富山の土台だってそんなに悪くないんじゃないかなあと思ったりもして。

さらにはこの本で殆ど実態の紹介されていない石川県も各種の指標で良い値を達成しているわけだから、この「北陸三県」が揃ってコンスタントに好成績ということについてもう少し解説が欲しかった気がする。東北、四国、山陰とか、(こう言っちゃなんですが)同じくらい底つき体験してそうな地域、田舎癖がありそうな地域は他にもある。北陸三県にまたがる共通の特徴は何なのか、その背景は何か、さらに他の地域でその模倣はどこまで可能なのかといったあたりまで整理されていれば、「北陸モデル」としてもう一歩進んで面白かったかなあとも思うのだった。

いや、でもたくさんのインタビューに基づいて面白い要素が紹介されていたので総じて面白かった。富山に帰ったら東岩瀬に行ってこよう。綺麗になってからたぶんまだ一回しか行ったことないんだよね。

以下、幾つかの印象に残った箇所の抜粋。(LocationはKindle)

「地方の自立で成功例が登場するのは、日本の辺境地域です。辺境は底つき体験をしているからです。底をつくことは再生に必要です。底つき体験とは、アルコール依存症の人に顕著な例です」(Location 464)

コンパクトシティとは、ゾーニング政策である。ゾーンをつくって、居住区に人を移していく。市長自身が「乱暴な政策」と言うが、引っ越した方が「便利」で「お得」と思ってもらうには、やはりデータと理屈が重要だ。(Location 711)

「今の市民の声を聞いて、それを政策に反映させるのは、ポピュリズムだ。三十年後の市民の声を意識しろ」(Location 859)

「好きな女がいれば、地球の裏側まで会いに行くだろ? 町もそういうものだし、ライトレールがそれをもっと可能にしたんです」(Location 1069)

「『世間は斜陽、斜陽というが、なぜ斜陽なのか。それは産業が最先端をいっているから、最初に斜陽になるだけだ』と」  業界全体は斜陽なのかもしれないが、生き残っている企業はむしろより強くなっている。(Location 1550)

「行政は最大のサービス業と言われ続けていますし、市民の皆さんは顧客です。しかし、顧客の皆さんは株主でもある。皆さんにも少しでもお手伝いをしていただきたい。これは〝顧客から協働者への変革〟なんです」(Location 1861)

知恵と刺激を外部から呼び寄せ、考案してくれた若者たちはその後も鯖江のために尽力する。他力本願と、それを受け入れる寛容さ。この組み合わせで町づくりを行っているのだ。(Location 1986)

人を育てるという試みは、相互障害状況と似ている。生徒がわからないのは、教えているのにわからないのではなく、生徒のことをわかっていないから伝わらないのではないか。(Location 2394)

「宿題というのは何の発見もないし、探究もありません。(略)しかし、宿題は重要なことを教えています。それは勤勉たれ、ということです。(略)勤勉さは結果を出してくれることを、みんな知っているのです」(Location 2441)

「なぜ福井なのか」と問われれば、こう答えている。常に何かが欠けているからだ。欠けているから、自助努力をして必死に埋めようとしている。長い歴史の中で常にそういう作業を繰り返しているから、まったく派手さもなければ成功モデルと言えるような目新しさもない。しかし、都道府県別ランキングで見られるようなトップレベルの数字を結果として残し続けている。(Location 2574)

by kan-net | 2015-12-08 08:13 | 読書
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