2015年11月13日パリ同時多発テロ発生時のことと今思うこと
その時、僕は友人とパリ19区の自宅でワインを飲んでいた。23時半過ぎ、そろそろ解散かなという頃にふと携帯電話を見ると複数の友人から電話やメッセージの着信履歴(22時半以降は通知音が鳴らないように設定している)。僕自身は何も気づいていなかったので何のことやらと思ったが、うち一人のメッセージに「巻き込まれてないよね?」の一言があり、慌ててネットのニュースを見てテロがあったと知る(友人も着信は入っていたがテロが理由とは気付いていなかった)。まだ事態が掴めていなかったけど念のためその夜は友人を泊め、翌朝に帰した。

21時半ごろから発生していた同時多発テロ。最も近い現場Le Petit Cambodgeは自宅から2kmもないほどの距離だった。実は19時半ごろに他の友人から「突然だけど飲みに行かないか?」と誘われ、先約があると断ったのだけど、もしそこに行っていたらLe Petit Cambodgeともう一つの現場Casa Nostraから共に約400mというところでその時を迎えることになっていた(なおその友人の無事は確認できた)。全く気も付かないまま呑気にワインなどを飲んでいる間に起きた事件だったけど、まさに一歩間違えていたらという話だった。

土曜日の朝に友人を途中まで送っていって以降は家から出ていない。テレビやラジオ、インターネットで情報収集してはTwitter(@horikirikan)で発信するといったことをずっと繰り返している。僕が発信する情報など何でもないと知りつつ、気持ちがどうもざわついて他のことが手につかない。日曜日の午後になってようやく少し勉強の時間を確保できた。

テレビをつけているとフランス市民は「団結」「連帯」そして「怒り」という言葉を口々に発し、テレビの司会者は「世界がフランスに連帯を示した」と繰り返している。そして政治家は「戦争」という言葉を意図的に選んで遣っている。バルス首相は「敵を滅ぼす、この戦争に勝利する」と言い、サルコジ前大統領は「我々は戦争下にある」と話した。オランド大統領は「テロリストの戦争行為」を批難したもののフランスが戦争へ乗り出すという明確な表明はしていないと思われ、そこに微かな希望を見出したいところではあるが、すでに強い流れは形成されつつあるように思う。9.11の時にアメリカにいた人の「テロも怖かったけれど周りの人々の愛国心の狂気的な高まりも怖かった」という旨のツイートを目にしたけど、今それと同じようなものを感じている。「敵」「味方」の対立構造を形成していく強い流れ、「戦争」という言葉が頻繁に聞かれる状況が本当に恐ろしい。恐怖の時代が始まらないよう心から祈る。

そして改めて、どうしてこんなことになってしまったのか、歴史や宗教などもう一度勉強しようと思う。正しいと思える世界に少しでも近づけるように。大きな強い流れの前で自分は小石でもないとは思うけど、できること、あるべき姿を考えることだけでもしなくてはならない。流れにただ流されてはならない。
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by kan-net | 2015-11-15 19:18 | 考え
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