関西旅行で思ったこと
2月14~16日の3日間、関西方面へ旅行に行ってきた。その中で思ったことをぽつぽつと記録。新幹線の件と、友人の件と、伊勢神宮の件について。


2月14日、新幹線で東京から大阪へ。よく晴れた日だったので、2本とばして右側の席を確保。目論見通り、ばっちり富士山を眺めることができた。
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それにしても、東京から大阪まで515.4kmの距離を2時間半で結ぶ新幹線。平均速度220km/h、最高速度270km/hとのこと。電車に乗っている間中、あまりにも景色の流れが速いと感じた。その速さは暴力的にすら感じられる。ここにさらにリニアまで作ろうというのだから、まったく、である。のだけど、例えばフランスでTGVに乗っている間にはそんなに速さへの抵抗もなかったし、間もなく北陸新幹線が開業することに関しては嬉しくすら思っている自分もいる。そんな都合の良い自分にも、まったく、である。

そんな感覚を抱くのはやはり自分で東海道を歩いた経験のためであろうと思う。この時の平均速度は4.2km/h、最高速度はせいぜい6km/hくらいだっただろうか。ちょっとずつ変わる人や景色に触れながら20日間かけて歩いたルートを、座ったまま2時間半で走り抜けるのだから、まあやはり戸惑う。新幹線が出発した東京は快晴、徐行しながら通過した米原は雪が積もっていて、大阪は曇り空だった。こんなに景色の違うこの土地にはやはり515.4kmという広がりがある。僕自身、交通という分野を専門として身につけて仕事をしていこうと思っている身として、この距離感、空間感覚というのは大切にしたいと思う。
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なお今度は中山道か奥の細道かあたりを歩きたいと思っているだけど、この時期はどちらも山間部の雪が厳しすぎるだろうし、今は毎日の読書の時間を大事にしたいということで見送っている。いつ歩こうかしら、5月くらいに行けるかなぁ。そう言えばフランス留学中に唯一満点を取ったレポートは東海道に関するものだった。今度アップロードしよう。

なんてことを考えていたら、本当にあっという間に大阪に着いてしまった。
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今回の関西旅行の主目的は高校の友人の結婚式に出席すること。それにかこつけて旅行もしちゃおう、時間はあることだし、という趣旨だった。(なおサブテーマであったカプセルホテル滞在については近日中にレポート公開予定である。→公開しました

そんなわけだから2月15日には結婚式に出席してきた。良い式だった。お祖母様が作った無数の折鶴のシャワーは感動的だったし、来賓あいさつは真面目な方も面白い方もとても良かったし、サプライズの余興もけっこうちゃんとハマってた感じがした。今回、新婦側に招待いただいての出席で、同じ高校からの他の出席者はみな女性だったので実はけっこう不安だったのだけど、和やかな雰囲気で居心地良かったし、フランス仕込みのダンス(嘘)も新婦に喜んでもらえたようだったので出席して本当に良かったと思う。それにしても笑ったり泣いたりと忙しい花嫁であった。

彼女とは高校3年間ずっとクラスメートで自然と親しくなったものの、それぞれの大学に進学した後、12年間で会ったのは5度程度かと思う。式のあった日の夜、ホテルで見たテレビで「親友というのは会わなくても良い存在」というコメントがあった。彼女と僕との関係がそれにあたるのかはわからないけど、たとえ会わなくても心地よい関係を保てているのは有難いことだし、大事にしていきたい友人だと思う。

さらに言うと今のご時世、会わなくてもSNS等で状況が伝わったりするものだけど、彼女はそんなに書かないし僕の作文もさほど見ていないようだ(今回のためにフランスから帰国したのかと誤解するような有様である)。周りにはSNSを止めた友人もいて僕自身も検討しているところだけど、どうやら止めても良さそうだなと改めて思った次第。ただ視界の片隅に薄っすらと入ったり入らなかったりするというチラ見せ効果もSNSにはあると思ったりもする。もう少し考える。


さて式の翌日、2月16日月曜日は大阪を早々に発って伊勢神宮へ行ってきた。自然豊かな空間だった。思っていたより小ぢんまりとしているなあというのが正直な印象。

もっとも心惹かれたのは式年遷宮の知恵と歴史。大学院生の時、コンクリート研究室の全体ミーティング中に教授が話されたことで知って以来、ずっと興味を持っていた。今年は最近の式年遷宮のまだ2年後というタイミングでもあり、非常にきれいな木組みが印象的だったのだけど、目にしてみてなるほどこういう歴史の作り方もあるんだなと思った。

20年に一度造り替えることで世代を超えて職人の技術が継承される。解体作業は20年前の造り方を観察しながら一つひとつ順に取り外して行うと聞いたこともある。なるほどこうやって常に職人を育てて造り替え続けている限り、木が朽ちても災害が起きても伊勢神宮は再び建つ。敷地内の建物に式年遷宮についての紹介があって、それによると明治時代にコンクリート利用による半永久的な建造物への建て替えが提案されたことがあったものの、明治天皇により却下されたとのことだった。世界中で「持続可能性」というキーワードが高々と掲げられる今日、伊勢神宮はそこに一つのヒントを与えていると思った。
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なお式年遷宮は1300年間以上にわたって続けられ、2013年が第62回だったそう。こういう歴史に関する数字を目にすると、嬉野Dが番組ウェブサイトに書いていたある文章のことをいつも思い出す。その文章を9年前にブログ記事内にコピー保存していたので、ここに再掲する。

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つまりこの、2000年という膨大な時間が日本の歴史には横たわっている。
でも、その間におまえ、米が収穫された回数は、たった2000回だぞ、と。
おっさんは、いうわけです。

まぁ、そのことから何を教訓とすればいいのかはわかりませんが、でも改めて数えた時に、きっとぼくの中で歴史の遠近感が狂ったんだと思うんです。

聖徳太子も邪馬台国の卑弥呼のことも、大昔の話だから、今の自分とはなんのかかわりもないと思っていたのに、あれから数えても稲の刈り入れが行なわれたのは、たった2000回たらず。春の訪れも、満開の桜の風情も、夏の暑さも、秋の紅葉も、初雪も、そう言えば、まだたったの2000回を数えるだけなのでした。
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そんなことを考えた関西旅行だった。なお伊勢神宮ではきれいめな写真がいくつか撮れたのでそれも近いうちに別途載せます。(→ココに載せました

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by kan-net | 2015-02-19 22:15 |
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