スタート時
アメリカに留学し始めた友人がさっそく張り切って頑張っているようだ。まだ正式なスタートは先のようだけど。がんばれよ。無理はほどほどにね。


彼のつぶやきを見ていると、自分のフランス留学スタート時が自然と思い返されてきた。僕のスタート時には2段階ある。2013年4月の語学学校の時と、同年9月の国立土木学校の修士課程の時だ。

語学学校のスタート時は、とにかくやる気が漲っていたと思う。それまで海外出張が多かったとはいえ人生初の海外「居住」という緊張感もあった。そして10年ぶりの習得を目指すフランス語。ブログでは何度か書いている件だけど、僕の同年9月からの進学は「大学院レベルのフランス語習得」というのが条件になっていたので強い危機感も抱いていた。交通を勉強しに来たのに進学できなかったら話にならんじゃないか、と。5か月間という限られた期間で習得することが明確なミッションだった。

なのでこの頃は言葉もできず最も苦労した時期に違いないのだけど、その記憶があまり強くない。苦労は分かっていたことだし、乗り越えないと次がないんだから、やるしかないという気持ちでやっていたんだと思う。そして環境にも恵まれたことも大きい。情熱的で親身な先生のクラスに入れたことが何より良かった。10人程度のクラスの中には僕以外にも3人の若い日本人がいたので学習環境としてどうだろうと初めは訝ったが、みんな真面目に頑張っていて必要以上に日本語でダラダラ話すこともなく(むしろフランス語で話そうとしていた)、結果的には「彼らに負けたくない」という意識を持つことで僕自身もより頑張れたのかなと思う。そうして良いスタートを切れた後は、けっこうちゃんとその良い状態を維持しながら(運にも恵まれた)5か月間の語学学習をしっかり過ごせたと思う。

良いスタートを切ることは大切だ。環境・人間関係がある程度固定された中で、自分という人間の表現をコロコロ変えることは難しい。おそらく心理的に。だから前回の表現を周到することになる。それが良い表現であれ、悪い表現であれ。

修士課程のスタート時は、語学学校のそれに比べて力のないものになってしまったと思う。原因はいくつか思い当たる。一つは単純に「息切れしてしまった」のかなと思う。一段階目の留学5か月間を高い集中力で過ごした後での、二段階目のスタート。日本から出てきたときほどの強いエネルギーは持っていなかったのかもしれない。

二つ目は「語学力と時間の不足」。講義がわからない。そもそも言葉がわからない。なので当然復習をしたいのだけど、グループワークの課題が早速あってなかなか時間が確保できない。グループワークに参加するにも資料を読むにもレポートを書くにも、いちいち辞書を引き、それがまた時間を削っていく。時間がなくて嫌だったのは講義の復習ができないこともあったけど、講義に含まれない興味分野すなわち統計やプログラミングなどを自習する時間をとれないことも大きかった。これについては途中で諦めた。そういうレベルでなく、時間がなかった。その一因に語学力はあったと思う。(非母国語の環境で学習することの限界についてはいずれまた書きたい)

三つ目、最終的にこれが大きかったかなと思うのは、残念ながら「周囲のモチベーション」だった。仲間たちは基本的にいい奴らではある。しかし学習意欲が高いとは言えなかった、初めから。全員ではないが。これに関してはあまり書かない。ただ、周囲の環境というのはやはり影響力があるなと思ったし、それをうまく割り切って自分で突き進めていくほどの力は残念ながら僕にはなかった。特に初期、自分自身に息切れ感があったのもその一因だと思う。

良くないスタートの先に良くない結果があるかと言うとそうとは限らなくて、それなりの成果は得られているけど、良いスタートが切れていたらもっと良い結果になったんじゃないかという思いはある。まだ終わってないけど。まだ終わってないから少しでも成果を高めるため今からもっと頑張ろうと思うけど。
良いスタートを切れなかった時にできることは「切り替え」で、それはたぶん自分の中でスタートを再設定するという作業なんだろうと思う。簡単なことじゃないけど、できないことじゃない。むしろ切り替えを必要とする場面の方が人生の中で多いわけで、これをもっと上手くできるようにならなくてはならない。


最後ごちゃごちゃっとなったけど、遥かアメリカ大陸に想いを馳せて、そんなことを朝から考えたのだった。



写真はアメリカ大陸というだけの繋がりでエルサルバドル。
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by kan-net | 2014-08-17 16:17 | 道しるべ
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