東北旅行記録(2013年3月30日~31日)
フランスへ渡航する前にと、3月30~31日に東北へ行ってきた。日が経ってしまったけど、その時の記録・感想を少しだけ。



震災の後に二度訪れている気仙沼に、3月30日、もう一度行った。昨年5月と比べて街の景色に大きな変わりは感じない。いくつかの建物が新たに撤去されていた。いくつかの歴史的建物は復旧予定である旨の掲示がされていた。港の桟橋は相変わらず壊れてぶら下がったままだった。見た限りにおいては、大した復旧・復興が進んでいないように思う。


気仙沼港のあたり
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国登録有形文化財として応急修理されている建物
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しかし復興が進まないことを歯がゆく思う一方で、では具体的にどうすればよいのかという命題に対して自分は答えを持っていないとはっきり認識した。どのような社会を東北のあの地に新たに築き上げていくのか。以前の状態の回復をという考え方もあるし、以前の状態がそもそも望ましかったかという疑問もある。住民一人一人の考え方も違う。そのなかでどこへ向かうか。難しすぎる命題だけれどもいつまでも二の足を踏んでもいられない。

僕がこれからフランスで勉強する「持続可能な開発」に何かヒントがあるかもしれないと思う。というかあるべきだ。しっかり意識して勉強をしようと思った。


気仙沼の中でも、ニ年前にボランティアをした唐桑地区・鮪立の様子が気になって、再度訪問してみた。すると清掃活動をさせていただいたお宅のお母ちゃんと偶然にもお会いできて、お話しすることができた。奥さんの家はもともと漁師だった。震災後は当然かなりのダメージがあったが引っ込んでばかりもいられないということで、各地からの支援金も活用して漁船を新造し、漁業を頑張っておられるとのこと。また約ニ年間ずっと鮪立に拠点を設けて活動していたボランティアグループが、活動の長期化による維持難やリーダーの体調不良もあって、先日ついに撤退していったとのことだった。思いがけずお母ちゃんとお話しできた幸運にとてもびっくりしたし、お母ちゃん家族のとても前向きで活発な実業家としての活動っぷりには二重にびっくりして嬉しく思った。でもボランティアグループの撤退は少し寂しそうだった。これからしばらく行くことはできないけど、帰国したらまた鮪立にも足を延ばそうと思う。

ちなみに鮪立の町の様子自体は一年前とほとんど変わらなかった。だけれどお母ちゃんみたいにパワフルに乗り越えている人もいるわけだし、気仙沼港の隣の市場に行った時にカニクリーム商品を押し売りしてきたお姉さんもとても良い笑顔をしていたし、目に見える町の復興・復旧を待たずして、強く乗り越えていっている一人一人の人間たちがいるのだなと感じた。

ちなみに鮪立では写真の布切れの高さの堤防を作る計画が出ているそうだ。小さな地区でも賛成派と反対派が出ていて全くまとまらないそう。
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(真ん中右寄り、白いテントの左上あたりに張られているオレンジ色の布きれが堤防の高さ)


3月31日は福島県いわき市の海岸沿いを路線バスに乗って見た。被害を受けた地区の風景は僕の目には気仙沼やその他の地域と大きく変わらなく見えたけれど、僕はいわき出身の友人が何人かいて、彼らにとっては唯一無二の場所なのだと思った。彼らの気持ちになってものを見ることなどできないけど、彼らの気持ちを勝手に想像すると勝手にとても悲しい気持ちになる。それ以上でもそれ以下でもないのだけど。僕は土木技術者として、このような悲劇が繰り返されることのない社会づくりを世界でしていくしかない。

路線バスだったので普段使いの乗客の人たちも何人か同乗していた。よくこのバスに乗ってるんだと思う。そして運転手さんもいつもこのルートを走ってるんだと思う。どういうことを気持ちで乗ってるんだろう。もちろん心地よくはないと思うけど、どうしようもなく辛いというわけでもなかったりするのかなと勝手に想像する。だからどうという話ではなくて、ただ思っただけだけど。

原発の話は僕はあまり理解できていない。今回も特に接近しなかった。とにかく思うことは、シンプルで歴史のある技術をうまく使って生きていきたいということ。想定の限界は必ずある。完全があり得ない中で物事の信頼性を高めるためには、単純明快なものや、経験的に信頼性が認められてきた(からこそ歴史的に生き残ってきた)ものを利用するのが妥当なのだろうと思う。ただしこれは複雑なものに対する僕のある種の毛嫌いなのだろうと思うけど。これから世界で社会づくりに携わっていく上では、自分はそういう意識がベースになりそうかな、と思う。



簡単だけど、そんなところ。これまで2011年7月2012年5月、2013年3月と10か月ごとに行っているし次は2014年1月とかに行きたいのだけど、フランスにいるのでちょっと難しそうなのが残念。まあ行けばいいというものでもないし、僕が今するべきことはこのフランスの地でしっかり勉強することなのだろう。
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by kan-net | 2013-04-16 05:28 | 勉強・見学
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