東海道五十三次 第七日
東海道五十三次の旅を始めて今日でちょうど一週間。僕は確かに一歩一歩前に進び、またその過程を通して様々なことを学んできているなあと実感している。

至れり尽くせりのおもてなしをしてくださったyurie038さん宅から旅を再開したのが朝9時50分。その時点ですでにスロースタートではあったが、「午後3時までに六本木(僕の経験上およそ6日間の距離)へ行けばいいからまだ時間あるよ」とか言っているyurie038さんと連れ立ってのんびり歩く。順路の分かりにくい分岐点では、一週間のキャリアを積んだ立場から「旅人のカンがこっちだと言っている」と決断して間違えたり、チェックポイントを見過ごして戻ったりと、かなりタイムロスしながら午前11時35分に第十八の宿場、江尻宿に到着。前の宿場からの距離は約4.1km、所要約1時間45分、歩数11179。

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ここでyurie038さんとはお別れ。遅れを取り戻すため先を急ぐ。この区間は鉄道線との交差が多く、新幹線がこれ見よがしに何度も視界を横切って行った。まったく憎たらしい。そして午後2時5分、第十九の宿場、府中宿に到着。前の宿場からの距離は約10.5km、所要約2時間30分、歩数15028。

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ところで府中宿は現代的に言うとまさしく静岡駅の正面一体のことを指している。つまり都会だ。僕は今日中にNHKラジオのフランス語テキスト2月分を買いたかったので、ここで本屋を探し回って購入。さらにここで簡単な昼食も摂ったのだが、同じ静岡でも都市部と地方部では人々の視線が違うもんだなと実感。

そして道を進めて午後4時25分、第二十の宿場、丸子宿に到着。前の宿場からの距離は約5.6km、所要約1時間30分、歩数13158。いよいよ二十番台に突入。ちなみに丸子の読みは「まりこ」。まりこまりお。

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ちょっと休憩をしてガイドブックを見ながら、次の宿場を目指すかどうか逡巡。ガイドブックには興津からならば同一日中に次の宿場まで行けると記載されているのだけど、また同時にこの最終区間7.8kmには山道があると記されていた。午前中をゆったりしたこともあり、この時すでに午後4時40分。あと1時間で日は暮れる。

思い出されたのはそう、三・四日目の箱根路の記憶。あの寒さ、暗さ、攻撃のえげつなさ、獣の気配…。思い出しただけでも泣ける!あれはまだ序盤ならではの勢いがあったから突破できたのであり、七日目を迎えた僕がまたあの頃のような猛々しさ一本で勝負したら、、今度はヤラレルかもしれない。ということで心は決まった。午後5時40分、やっと見つけた旅館のお宿若松に投宿。


感想。興津ですっかりくつろぎ旅程を少し苦しめてしまったものの、冷静に判断して丸子に投宿できたのはかつての道のりがあったからこそ。一週間歩き続けて学んだこと、それは身に迫るものとしての危険。僕はもともと東京から京都まで歩くという今回の旅路に対して「大変そう」としか思っていなかったのだけど、この旅路は「大変」と言うよりは「過酷」なものであり、また今回は旧東海道という人通りの少ない路が多いこともあって現代でも普通に危険が隣り合わせであると知った。二日目に通過した権太坂に「行き倒れた人を埋めた投込塚もある」というのをナンジャラホイと思っていたけれど、それが実話として確かに行われたのだろうと今は心から思う。昔は東京から京都への移動という行為が生死のリスクを背負ったものだったと確かに思うし、その点、昔と今では各個人の国や地域に対する意識であったり、何かをしようと思った時に背負うリスクの種類といったものがかなり違ってきたんだなと思う。

安全第一で旅を続けていきたいと思う、一週間の締めくくり。


本日の通過宿場:十七、興津宿(出発)~十八、江尻宿~十九、府中宿~二十、丸子宿(到着)
本日の歩行距離:約28km(GPS経路データを元にGoogleEarthで計測)
本日の歩行時間:約6時間50分
本日の歩数:42848歩
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by kan-net | 2013-02-04 01:48 |
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